【3-5】
青山さんは、私の目のまえで、いきなり田中さんの頬を張った。
いや、張ろうとした。その掌は頬まで届いているのに、虚しく空を切るだけ……。
「ご覧のとおり、いまのオレは幽霊なんだ──ひさしぶり、若林さん」
「どういう……」
「とりあえず、田中さんにそれだけ伝えてくれないかな。(幽霊が)見えない人からすると、気味がわるいだけだから」
私は無言でうなずく。おなじタイムリープ組の青山さんの言葉なら、信用できる。
「田中さん、ちょっと問題がありまして」
「うん」
「いま、私の目のまえに幽霊がいます。どうやら私にしか見えていないようです」
「……うん」
「しばらく彼──幽霊さんとお話させてもらっても、いいでしょうか」
「いいよ。ここまできたら、もう何が起きてもおどろかないって。ボクはリビングにいるから」
そう言って彼は和室を出て行った、律儀に襖も閉めて。
「おひさしぶりです、青山さん。お元気でしたか」
「でもない……幽霊だけにね」
「いったい何が──」
「そのまえに、」青山さんが被せてくる。「会話のルールをきめよう。オレは彼、田中さんをあまり信用していない。彼がどこで盗聴していないともかぎらないし。だから、きみが彼に聞かれたくない事柄と判断した場合は、口に出さず仕草で返してもらってかまわない」
理解したことを示すため、私はペンとメモ用紙を指さした。
「筆談ね……まあ、必要ならそうしてくれ。オレはペンを握れないけど」
そして彼はこれまでの経緯を語りはじめた。
タイムリープ直後に幽霊(制限あり)になってしまったこと。第1ステージに最前までいたこと。そこで水戸さんと再会し、制限が解けたこと……。
「どうやら、元の世界線の仲間が近くにいると制限が解けるみたいだ。その仲間たちにはオレのすがたが見えるし、声も聞こえる」
「水戸さんとは、その後どうなったんですか」
「恋話みたいに言わないでよ」
「茶化さないでください。ステージ脱出の話です」
「ステージ?」
「ええ。田中さんと、もうひとり女性がいたんですが、彼らは第1ステージからの脱出成功組です。それで便宜的に、ここを第2(ステージ)と呼んでいます」
「なるほど──するとビーフさん、オレ、そして水戸さんは第1ステージの敗退組だ」
「え、そうなんですか」意外に思った。「てっきり、青山さんもミッションクリアして第2へきたものと……」
「いやあ、オレは頭数に入っていないみたい──でだ、若林さんにぜひ見せたいものがある」
「何でしょうか」
「そこの襖を開けてみて」
私は言われたとおりにする。田中さんがリビングへ移動して、まだいくらも経っていない。
襖の向こうは……地獄のような景色だった。
男性がふたり倒れていて、遠目に見ても絶命しているのが分かる。そして、片方は私の知っている人──田中さんである。
「見せたいものって、これですか」
「あれっ! いやいやいやいや……」青山さんはあわてて手を振りながら、「オレが見せたかった死体はひとつだけだ。見せたかったていうか──その死体が《たぶん三沢さん》で、最前までオレはそいつとサクランボ状態だった」
「え、でも水戸さんに会って制限は解けたって……」
「彼女がとんでもないことを、しでかした。三沢さんの死体を窓の外に放り投げたんだ」
「それは、ワイルドですね」
「ワイルドだろ? 直後、部屋全体が光の渦につつまれた」
「それって──」
「うん、若林さんもきっと見たはず。タイムリープが起きるときの感覚にとても似ていた」
「水戸さんは、じゃあ、どこかへタイムリープしてしまった?」
「かもしれない。けど、死体を放り投げたからそうなるて、ちょっとおかしくないか」
「たしかに、」
「オレはむしろ、この狂った家を監視している人間の怒りを買ったような気がする」




