【1-2】
「ごめんなさい」アタシは伏し目がちに、「信じてもらえないかもしれないけど、直近の記憶がないのよ。もちろん好きでこんな恰好をしているわけじゃなくて、行きがかり上、仕方なくというか……」
「うん、うん」と彼はうなずき、「分かるよ。だってオレもそうだから」
「え、」
「とりあえず、そんなところに突っ立っていないで上がりなよ」
「ちょっと待って、ここは三沢さんのお宅──」
「くれば分かるよ」
取りつく島もなく、青山はドアの向こうにすがたを消した。
ピザの箱を抱えたまま、ひとり茫然とするアタシ。家主の三沢さんが出てきてくれない以上、部屋にお邪魔するよりほかない。
靴を脱いで框に上がる。青山とおなじドアをくぐると、案の定そこはリビングだった。自分に向けられた複数の目に思わずビビる。
何人も居たんかい!
ひい、ふう、みい──3人目が青山。そして4人目は床に倒れている。まさか死んでいるんじゃあないでしょうね……。
サイドボードに積まれた箱を見てさらにギョッとした。いろいろなお店のピザがそろい踏みしていたからだ。
ピザパッド、ピザーヤ、ドミソピザ……そこにアタシの持ってきたピザリカが加わる。ピザパーティか。あるいは質の悪いいたずらか。
「紹介するね」青山は急にはじめた。「こちらが店員第1号の、」
「ビーフです、よろしく」初老の男性がアタシに言う。「わけあって本名を名乗れないので、申し訳ない」
「み、水戸です。アタシのほうこそヘンな恰好ですみません」
「こちらが田中さん」ビーフ氏がとなりの男を紹介する。
田中は無言で会釈のみした。色白で、見るからに陰気そうな感じがぷんぷんする。アタシも、どうも、とだけ返す。
「皆さん──ピザを持ってここに?」
「そういうこと。ここに生存している人たちは、皆おなじ境遇なのさ。招かれざる客……ならぬ店員ってところかな。もちろん本物の店員じゃあないけど」
「てことは、やっぱりこちらの方は……」
床にうつ伏せに倒れている男性をアタシは目でうながす。
「死んでいる。彼がおそらく、ここの家主の三沢さんだと思う。確証はない──確定しているのは彼が死んでいるということだけ」
「じゃあビーフさんがいらっしゃったときには、すでに?」
「……亡くなっていたよ」初老の男性は伏し目がちに言う。
「その経緯についてはオレが話すよ。ビーフさんにおなじ説明をさせるのも、わるいから」
いま気がついたがアタシ以外は皆、店のジャンパーを脱いでしまっている。たしかに、いつまでも偽の店員の恰好をしている必要はない。
アタシは脱ぐに脱げない、だってこの下はレオタード一丁だからね!
ここからは青山の話──。
きっかけはビーフ氏も皆とおなじ。気がついたら宅配ピザ屋の恰好をして三沢さんのお宅のまえに立っていた。
氏はとりあえずピザを届けようと、この家のインターホンを押した。応対したのは女性の声だったらしい。
もちろんその女性はいま、ここにはいない。かりにA子さんと呼ぶことにする。
『ドアの鍵、開いているので、玄関のなかまで入ってきてください』
A子さんはインターホン越しにそう言った──まさに、さっき青山がアタシに言ったように。
指示どおりビーフ氏は玄関のなかに。だが、いっこうに家人が出てくる気配がない。大声で呼びかけても応答がない。
さすがにキレて帰ろうかと思ったが、たったいまインターホンでやり取りしたばかりなのにおかしいと彼は考え、そこは思い留まったという。