【3-2】
その後、最初にきたおじさんとつぎの青年の会話によって、だいたいの事情が分かってきた。
おじさんはビーフと名乗った。もちろん仮名だろう。実名を出したくない気持ちは分かるけど、そのネーミングセンスよ……。
青年は田中とだけ名乗った。ありふれた苗字だし、それこそ偽名かもしれない。
オレの名は青山ケイイチ──それは間違いないのだが、残念ながらビーフさんにも田中さんにもオレのすがたは見えていない。
いまのオレは半透明の幽霊的存在。しかも、足元の死体(オレではない別人)からニョキっと生えているような状態で移動制限がかかっている。
まあ、かりに自由に移動できても、物体に触れることができないのが悲しいところだけどね!
とりあえず、いまオレにできることと言ったらビーフ、田中両名の挙動に目を光らせるくらいしかない。
それもオレの目の届く範囲にかぎられる。
玄関や──たぶんこの家には2階もあるはずだ、そういった場所で彼らが何をしていてもオレには分からない。
ビーフさんたちの話を聞くと、どうも彼らはこの家に閉じ込められたらしい。入ってはこられるが出られない……まさに蟻地獄的なやつ。
物理的に玄関のドアがロックされているのかと思いきや、そうでもない様子である。
というか、リビングにある出窓から彼らが脱出を試みて、どんな風に引き戻されるかをオレは実際にこの目で見た。
ほとんどマジック、いや、もはやマンガの世界だ。一瞬だけ彼らの身体が窓の外側に消え、パッとまた内側に戻る感じ──ての?
玄関のドアや部屋の窓が退出面でのトラップだとしたら、進入面でのそれは間違いなくインターホンだろう。
こいつもマトモじゃない。
ビーフさんがやってきたときは、リビングに誰もいない(オレと死体は除く)のに女性の声が勝手に応答しはじめた。
田中さんのときはビーフさんが応答した……かに見えたが、じつはそうじゃなかった。
受話器を持つビーフさんの声は田中さんに届かず、しかしべつの声が代わりに田中さんを玄関に招き入れたのだ。
もはやお化け屋敷──オレはここを狂った家と呼ぶことにした。
時刻は16時、またインターホンが鳴った。
どうやらつぎの犠牲者がお越しなすったらしい。今度は田中さんが受話器を取り、聞こえますか? 助けてください、などと呼びかけている。
当然のごとく、外にいる相手にその声は届かず、代わりに自動音声だか遠隔操作者だか分からない男の声が応答している。
液晶画面に映ったのは女性のようだった。ピザ屋の帽子を目深に被っているので顔がよく分からない。
と、いきなり足元が軽くなった。予感がしてオレは足を上げてみる──死体から離れた!
狂喜してリビングの入り口ドアまで一気に駆け出す。が、相変わらずビーフ、田中の両名にオレのすがたは見えていないようだ。残念。
幽霊状態に変わりはないみたいだが移動制限が解けた。物体への接触は可能だろうか? ドアノブに触れてみる。
……ダメだ、つかめない。
だったらドアを突っ切るしかないっしょ。某ゴースト映画のごたる、オレはドアをすり抜けて向こうの玄関に出た。
そこでオレを待ち受けていたのは、なんと、水戸かず子だった。
まあまあ、予想していた展開ではある。すべては彼女からはじまったことだし、オレにとって重要人物であることはまちがいない。
「なんて恰好してるんだよ、水戸さん」
オレの第一声がそれだった。まったくの本心だ。ジャンパーの下にレオタード、て新体操の選手か。
「たしかに私は水戸ですが、あなたは」
どうやら彼女にはオレが見え、声も聞こえているらしい。
うれしかったが手放しには悦べなかった。彼女もオレと同類──つまり幽霊である可能性がある。
リビングにいるビーフ、田中の両名に彼女を会わせればそれもはっきりするだろう。
オレは水戸さんを無理くり家に上げる方向に話を持って行った。
そして、彼女がスニーカーを脱ごうと目線を落とした一瞬のすきに、ふたたびドアをすり抜けてリビングにもどった。




