【2-5】
彼女に手を引かれるまま、私は階段を上がった。田中さんがついてくる気配はない。
「2階の各部屋はビーフさんもくまなく探したはず。きっと盲点が……」
その盲点は階段を上がり終えると同時に見つかった──トイレのドアが半開きになっている。2階にもトイレがあったらしい、もちろん私は初見である。
かず美さんがトイレのドアを開け放ち、私を手招きする。
見ると、たしかに受話器のようなものが便器奥の棚に置いてあった。彼女がそれを手にとって耳に当てる。
「……なるほど、もういいわ」
ため息をつきながら彼女は受話器を戻す。
「いま、階下にいる田中と話ができた。リビングのインターホンとこの受話器が内線でつながっているっぽい」
「あ、スピーカーモード」私は言った。
「そういうこと。あいつ、抜け目がないわね……。アタシが芽衣ちゃんを玄関まで迎えに行ったすきに、インターホンをスピーカーモードにして、そのあとずっとこのトイレに立てこもっていたんだわ」
「それで私たちの会話が筒抜けだったわけですね」思わず感心してしまう。
「盗聴の仕組みは分かった、けど、毒殺ミッションについては誰から仕入れたのかしら」
「見たところ、外線にかける機能はないみたいですね──御手洗の電話には」
「そうね、ただ、外部にいる誰かには通じているかもしれない」
「その人が田中さんにヒントを?」
かず美さんは無言でうなずくと、さきに立って階段を降りはじめた。私もそのあとを追う。
リビングに戻ると田中さんがソファで紅茶を飲みながら、余裕の表情で私たちを待ちかまえていた。
「トイレのなかにあった内線電話、あれでボクは《誰か》と通話したんだ。受話器を取ったら自然とつながったよ……男性の声だった」
「電話の《誰か》とはその後、話したの?」
「彼が毒殺ミッションを教えてくれた、その一度きりさ」
「第1ステージにおいて、あなたの勝ちはほぼ確定していたってわけね」かず美さんが吐き捨てるように言う。
「ボクのつぎにきた女が若干おかしな行動をしていたんで──正直、ちょっとだけ不安はあったけどね」
「それって水戸さんのことですよね?」私は思い切って発言する。「じつは私、すこしだけ彼女を知っています」
「ほう」田中さんが身を乗り出す。
「芽衣ちゃんの話って、そのことだったのね。アタシも聞きたいわ」
言ってかず美さんはソファ──田中さんの対面に腰を下ろした。そして、となりのスペースをぽんぽんと叩き私を誘う。
「水戸かず子さんに実際に会ったことはありません。彼女のことも、レオタードが特徴的だということくらいしかじつは知りません。でも私は、ある事情で彼女と関係を持ってしまったんです」
その事情とは、タイムリープという手段をつかって彼女の生死に関与したこと。
ふつうならば話すのもためらわれるが、このお化け屋敷のような空間においてはわりと信じてもらえるのではないか、そう思ったのだ。
「つまり若林さんは、水戸女史を救うために未来からやってきた──ところが、ニアミスというかおなじステージで会うことはかなわなかった、と」
「ええ、」私はうなずく。「田中さんの目から見て、水戸さんの様子はどうでしたか。さっき、彼女がおかしな行動をしていたと……」
「まあ、新体操の選手みたいな水戸女史の出で立ちはべつとしてだ。彼女はちょくちょく中座しては誰かと話しているようだった。ボクにヒントをくれた《誰か》じゃないよ? ……いや、ことによるとおなじ人物とだったかもしれない。とにかく、ボクたちにはすがたも見えない声も聞こえない誰かと、玄関で彼女は何度も話していた。それでボクは、彼女がトランシーバ的な何かを隠し持っているんじゃあないかと疑ったくらいさ」




