94 力を知る時
私の言葉にハルヴィルが固まる。
その顔には困惑がありありと浮かび上がっていて、持っていたカップを落としそうになってようやく気を取り直した。
「あの、私が狙われるとは一体?」
実際に帝国が表立って行動している訳ではない。
いや、アンスリンテスでは堂々と介入していたけど、大陸の両端では流石に事情が違うだろう。
彼も、恐らくアンスリンテスでの事は知っていたのかもしれないけれど、それがどうして自国にまで及ぶのかは想像出来ないだろう。
だからこそ、今の内に伝えるべきであろうと私は考えた。
運良くというか、こうして二人きりで外部の干渉の心配も無い状況になったのだし、打つ手は早いに越した事はない。
「貴方が知る噂はアンスリンテスの事でしょ?私はあの場に居た、と言うよりも当事者だったワケ」
「なんと!では、彼の国で何が起きたのかも?」
「ええ。全てはウルギス帝国の策略だった。でも、これは知ってる?フェオールで起きた騒ぎの裏にも連中が絡んでたってのは」
いよいよ以ってハルヴィルは絶句してしまう。
私は彼が落ち着くまで一度話を区切る事にした。
色々と考えを纏める時間が必要だろうし、何よりも、この後の方が私としては本題なのだ。
そちらの衝撃度合いは、間違いなく彼の許容量を超えてしまう。
結局ハルヴィルが落ち着くまでにもう一杯お茶を飲み干してしまった。
まぁハルヴィルはその倍くらいは飲んでいて少し心配になってしまったが、とりあえずは落ち着きを取り戻したようだ。
「落ち着いた?まぁいきなりこんな話をした私が言えた事じゃないけれど」
「いえ、まぁ確かに驚きましたが、、、それで、フェオールやアンスリンテスにウルギス帝国が関係するのは分かりました。そして我が国にも干渉している可能性があるというのも。しかし、、、」
「何故そこに貴方が関わってくるのか、よね?」
やはりその点だけは理解できないのだろう、渋い顔で頷くハルヴィル。
では、いよいよ核心に迫るとしよう。
「今から話す事は貴方の今後を一変させる。それを受け入れる覚悟はある?」
真っ直ぐ、射抜くように彼の瞳を見つめて問う。
雰囲気の変わったであろう私のその態度に、彼の表情が緊張で引き締まる。
「それは、帝国の陰謀とも関わる事、なのですね?」
「さっき連中の目的は分からないと言ったけど、何を狙っているかは予想が付いているの」
そっと聖痕に魔力を流す。
胸元から光が溢れ聖痕が浮かび上がると、それに目を奪われたハルヴィルがすぐに顔を顰める。
その反応を見て私はその彼を指差す。
「貴方は聖痕を持っている。今、私の聖痕に反応して違和感を感じているでしょう?岬で素性を明かした時にも同じだった」
「私に、聖痕が、、、」
「望むなら覚醒させる、と行きたかったんだけど事情が変わったし、何よりも今のままでは危険なの」
危険という言葉にハルヴィルが珍しく身を乗り出す。
「危険とは一体!?」
「貴方、無自覚だけど聖痕の力を使ってしまっているのよ。大した効果は無いとは言え、それでも知らない内に何かしらの影響は及ぼしている。それもだし、それ以上に今のままで居ると最悪、貴方にも影響が出る。それがどういう物かは分からないけど、確実にね」
何かを言おうとして口を開きかけたハルヴィルが、しかし何かしら思う事があるのか、口を閉じて考え込む。
それを何度か繰り返して、ようやく声を発する。
「まず、順を追って確認させて下さい」
頷きで返答すると、一つ息を吐き出して背筋を伸ばす。
「まず、何故私に聖痕があるのでしょうか?」
「それは分からない。聖痕は、ある程度は血筋で引き継がれるけど必ずしもそうとは限らない」
「では次に、なぜリターニアさんは私に聖痕があるとお気づきに?」
「聖痕同士は共鳴するの。岬で貴方が感じたように、私も貴方の聖痕を感じた。それは偶然でしかないけれどね」
「帝国が聖痕を狙う理由は?」
「それも今のところは。ただ、フェオールでもアンスリンテスでも必ず聖痕が絡んでた。そうね、恐らく私も標的の一人にされている」
そこで何かに気付いたのか、ハルヴィルがハッとした表情になる。
「そうです。そもそも帝国はどうやって聖痕を持つ者を探しているのですか?」
それはまさしく、一番重要な所だ。
そこを共有したいが為にこの話を始めたまであるのだから。
「帝国は聖痕を探し出す魔導具を開発している。加えて、長距離移動が出来る転移魔導具もね。海向こうでは圧倒的な技術の進歩が進んでいるの。それこそが、連中が中央大陸中で好き勝手している理由よ。そして恐らくだけど、帝国にも聖痕所有者が居る」
重い沈黙が落ちる。
帝国の動きがどこまで共和国に絡んでいるのかは分からない。
けれど、彼が聖痕を持っている以上関係無いとも言い切れない。
ややあって、沈黙を破ってハルヴィルが決意を秘めた目で私を捉えた。
「リターニア様。どうか私に聖痕の使い方を教えて下さい。私自身を、何よりもこの国を守る為に、私は戦いましょう」