93 誘い
案内された部屋はいつぞやの王城の一室とまではいかないけど、十分に豪華な内装だった。
既に日は傾き、暫くすれば夕食の時間になるという事でお呼びが掛かるまで部屋で待機させられている。
となれば室内、そして屋敷の探索でも、という気分にも今はなれない。
考えるべき事、そしてやるべき事が山とあるのだけどどうやらハルヴィルにも何かしらの考えがあるらしい。
食事の時にでも話すのだろうけど、私からも話さないといけない事がある。
いや、内容を考えると食事時はあまりよろしくは無いか。
これだけの家柄なのだ、まず間違いなく給仕やメイド、執事も側に控えるだろう。
話の内容もそうだけど、話を聞いた彼がどんな反応を示すのか、想像に難くない。
「しかしまぁ、こうも立て続くととさすがにねぇ」
愚痴る様に独り言ちるけど、、広い部屋に空しく響くだけだった。
正直に白状してしまうと、相も変わらずどこぞの国のあれやこれやになんて興味は無い。
今回も初めはさっさと退散しようと考えていた位である。
でも、少々状況が変わってしまう出会いがあった。
私自身、あまりにも唐突過ぎて理解が追いつかなったけど、聖痕を発動させた時の反応からして間違いは無かった。
(ハルヴィルは、聖痕を持っている)
それはまだいい。
だけど、まだ別の問題がある。
一つは彼が聖痕を自覚していない事。
彼と会話して分かったけど、恐らく彼の聖痕は喉にある。
無意識にも拘らず、言葉に魔力を乗せ相手の意識を誘導する。
幸いなのは、自覚していないから効力が薄く、意志の強い相手には通用しない事だろう。
まぁ、彼の性格的に自覚した所でそれで悪さをするようには見えない。
とはいえ、人の心は簡単に変わる。
力を手にした瞬間、善人が悪人へと変貌するなどありふれたものだ。
それは置いておくとして、もう一つの問題がウルギス帝国だ。
聖痕に執着している節のあるあの国が、中央大陸の二つの国で暗躍していた奴らが、イングズ共和国に手を伸ばしてないとは思えない。
そして連中が持つであろう聖痕を探し出せる魔導具、それでハルヴィルの存在を認知している可能性は大いにある。
ならば、今起きている騒動も連中の差し金の可能性もある。
そしてもしもそうだとすると、私が訪れると同時に事態が動き出したのにも納得がいく。
(アンスリンテスで逃がしたあの男、、、)
フェオールで聖痕の聖女として祭り上げられた私を知っていた。
しかも、その後の足取りまで追われていた可能性もある。
何よりも致命的とも言えるのが、あの転移魔導具。
あれの性能がどれ程なのか未知数だけど、少なくとも中央大陸と西大陸を隔てる海を越えるだけの能力はあると見て良い。
常に先手を取られ続けているこの状況、
(何だか、誘い込まれているみたいね)
面白くは無いけれど、そう考えてしまいたくなる。
「ああもう!」
色々グルグルと考え込んでいたら何だかこんがらかってきた。
とりあえず、今やるべきは協会と議会の対立を煽る奴の炙り出し。
それさえ出来れば自ずと答えは出るだろう。
色々と考えている内にあっという間に時間が来たようで、メイドさんに呼ばれて食堂へと案内された。
流石に上流階級、用意された食事は豪勢で私とハルヴィルだけで食べきれるのかと言う程だった。
上座に座るハルヴィルの斜め左に私が座らされ、その正面にも誰かの席が用意されてはいたのだけど、
「実は父も来るはずだったのですが、何やら急用が入ったようで」
息子を宜しく、という何とも受け取り辛い言伝を残しているようで、律義にも苦笑いを浮かべながらそれを伝えてくるハルヴィルに何とも言えない顔になってしまう。
とは言え、いつまでもそうしている訳にもいかないし、ハルヴィルの勧めもあって遠慮なく食事を頂く事にした。
予想に反して、彼とはありふれた歓談のみが為された。
流石のハルヴィルもせっかくの食事に水を差すような事はしたくなかったのだろう。
お陰で私も久しぶりの贅沢に舌鼓を打てたし、これまた滅多に飲めない高級なワインも堪能できた。
そうして楽しい一時が終わり、食後のお茶が出された所で彼が人払いをした。
どうやらここからは楽しくない時間のようだ。
「さて、折角ですが色々とお話しておかねばならない事がありますね」
「大丈夫よ、私もそのつもりでいたから」
自嘲気味な笑みを浮かべると、彼も苦笑いを浮かべつつも頷く。
「屋敷に戻ってから調べさせましたが、現状北部の状況は問題なさそうです。しかしながら、数日前の報告では断絶山脈の麓で不穏な気配があるとの報告も来ていましたので、予断は許さなそうです」
もしかすると、帝国は断絶山脈に沿って移動している可能性がありそうだ。
となれば、転移魔導具も完全に実用化出来ていない?
いや、あまり楽観視はしない方が良い、その動きこそ陽動の可能性もある。
なら、ハルヴィルには状況を把握してもらうべきか。
「今回の件、裏に帝国が絡んでるかもしれない」
「帝国?もしや、西のウルギス帝国ですか?確かにそんな噂は聞きましたが、しかし」
「狙いが何かまでは分からない。でも、一つ可能性がある」
一度言葉を切り、お茶を一口飲んで唇を湿らせると、私は敢えて目を細めてハルヴィルを見据える。
「ハルヴィル、貴方が狙われるかもしれない」