90 大陸を覆う陰謀
正直、最初は特に気にする事ではなかった。
だけど、一度冷静に考え直してみると、私はこれと似たような状況に覚えがあるのだ。
いや、寧ろその時も結局は当事者として巻き込まれる形になったのだ。
それに思い至ってしまった。
なら、徹底的に調べないといけない。
ましてや、この国の大きな組織が対立するなどという構図は、まさしくあの時と同じなのだから。
だけど、それを今ここで彼らに伝えるのは危険だとも分かっている。
大陸中で暗躍する彼の国の息が何処まで掛かっているのかがまるで掴めない状況だ。
迂闊に事情を知る人を増やすと影を追う事が難しくなる可能性もあるし、何よりも彼等が巻き込まれる事もあり得る。
だからこそ、現時点で全てを把握できている私が単独で動いた方がまだ安全と思える。
腕を組んで唸っていたアグルがようやく顔を上げる。
「後始末に追われてて考えてすらいなかったが、お前さんの言う事も一理ある。任せていいんだな?」
「ええ、アグルがハルヴィルと裏で連携して、ランデル達は一仕事を。その間に私は出来るだけ調べてみるから」
「そういう事なら任された。何、魔物討伐は俺らの領分だ。キッチリと片付けてくるさ」
それぞれがやるべき事を確認して、その場は解散となった。
ランデル達は早速準備に入るらしく物資の買い出しに向かった。
アグルは早速文を認めてハルヴィルと情報共有をする段取りをしている。
流石に内容が内容だけに直接会って細かな話し合いをするつもりではいるらしい。
私は、表向きは一度ランデル達と別れた後に現地で合流する予定であるとしている。
なので、まずは二日後に私は町を出る事にする。
ある程度人気の無い所まで行ったら変装して、再度別方向から町へと戻る予定だ。
という訳で、準備の為の一日が過ぎてその翌日。
私は今一度町を出て、出た時とは違う門から再び町へと入ったところだ。
髪を暗めの赤に変え、瞳の色も髪に合わせた赤色に変えている。
それに加えて服装も勿論変えている。
動きやすい旅装から、今は少し上品な仕立てのドレス風のワンピースにつばの広めな帽子を被っている。
傍から見ればお忍びのお嬢様っぽく見えるだろうけど、勿論狙っての選択だ。
一応、この国の議員はフェオールで言う所の貴族相当の地位がある。
であれば、当然その家族もそれに準じた扱いとなるのだ。
では、そんな町にあからさまにお忍びっぽい恰好をした女性が居たらどう見られるか。
その答えがこれである。
「お嬢ちゃんよ、こんな所に一人で何しに来たんだい?」
「良ければ道案内してあげるよ。表通りはいいけど、一本裏に入ると色々と危ないからね?」
「そうそう、例えばこんな風に、男に囲まれちゃうワケだ!」
下品な笑い声を上げながら私を取り囲む三人の男達。
下卑た笑みを浮かべる破落戸達をそれとなく観察してみると、それぞれが斧やら短剣やらを持っている。
加えて、手足や急所を守る防具も身に付けているから明らかにハンターではあるのだろう。
だけど、
(これでハンターを名乗ってるの?どう見てもただのチンピラじゃない)
それなりに整えられた武器や防具とは対照的に、その体自体は明らかに鍛えられていない。
というか、三人の内の二人は小太りだし最後の一人も痩せ過ぎでとても魔物相手に立ち回れるとは思えない。
私の後を付けてくる時も、身のこなしが素人以下どころかまるで酔っ払いのそれで本当に追って来ているのか疑ってしまった程だ。
呆れて溜め息が出そうになるのを何とか堪えて、世間知らずな御嬢様を装う。
「あら、皆さんご親切にありがとうございます」
手をお臍の上あたりで組んで丁寧にお辞儀をする。
こういうのはフェオールの城で過ごした三年間で学んだお貴族作法が生きてくる。
付け焼き刃ではない本物の技術だ、フェオールの上位貴族相手でも十分に通用するお嬢様を存分に見せつけてあげよう。
「一つお聞きしたいのですが」
小首を傾げて少しだけ上目遣いで声を掛けると、三人が分かりやすくニヤける。
「おう、何でも聞いてくれ。代わりに礼は弾んでもらいたいなぁ」
「勿論です。それでですね、先日私の祖父が怪我を負いまして。その事についてお話を伺っておりまして」
務めて穏やかに、だけど少しだけ声に緊張を混ぜて問い掛ける。
これに、上目遣いのままの目を少しだけ潤ませれば、
「お、おう。あの事か。お嬢ちゃんいい子だな!」
「おじいちゃん孝行かい。偉いねぇ」
「任せときな、俺たちゃハンター様だからな。色々知ってるぜ!」
この通り、さっきまでの態度が嘘のよう。
こうなればもうこっちの物。
儚げな笑みを浮かべてトドメを刺せば仕上げは終わり。
「では、立ち話も難ですし、近くにカフェがありますのでそちらに参りましょうか。あ、勿論お支払いは私がしますので」
彼等が返事をする前にニコリともう一度微笑んで歩き出せばそれに続いて歩き出す音が聞こえる。
相変わらず下世話な会話をしてはいるけど、まぁ既に私の術中に嵌まっているのには気付く事は無いだろう。