9 森を抜け野を駆け
フェオール王国のあるこの中央大陸は、大陸中央にフェオール王国が座し、東にイングズ共和国、西にアンスリンテス魔導国、という3国が並ぶ2大大陸の一つだ。
この3国は古くから同盟を結んでおり、街道で一繋ぎに自由に行き来出来るほど平和を謳歌してきた。
国という形から国境線は設けられているけど、その国土は3国共にほぼ同じ広さで定められ、温暖な気候の恩恵を3国が平等に享受できている。
北に目を向けると、3国どこからでも窺う事が出来る長大な山脈が大陸を東西に貫いており、その威容から断絶山脈と呼ばれている。その頂は天を貫くとまで言われ、中腹辺りから上は1年中雪で覆われていて遠目から眺めるにはいい景色ではある。
だけど一度足を踏み入れると道らしい道は無く、あちこちに獣や魔物がうろつき、さらにはコロコロと変わる天候に弄ばれて中腹にすら辿り着く事無く追い返されるか、あるいは命を落とす事になる。
そのせいでろくに調査も進まず、山向こうがどうなっているかは未だ不明らしい。船を使って海側から調査を行おうとする計画もあったらしいけど、噂では北の海は常に荒れていて熟練の船乗り達でさえも寄せ付けずにその計画も断念された、なんて話もあるみたい。
そして私は今、その山脈を背に南へ向けて森を進んでいる。
フェオール王国は南の海を隔てた場所に位置するエオロー連合国と交流がある。5つの島からなる島国で、熱帯気候で1年中暑いのだが、四方を海で囲まれ、自然をそのまま利用する形で町が作られている為、リゾート地としてフェオールの貴族も夏の休暇時期には遊びに行くほどの観光大国なのだ。
元々私は色んな要素を考えた上で、陸続きで行ける西のアンスリンテスへ向かうと決めたのだが、例の街道封鎖のせいで断念せざるを得なくなった。代わりに、多少の危険は伴うけど船を使って南のエオローへ向かうべくこうして人目に付かないよう街道を避け、森を抜けているのだった。
封鎖の状況を確認した後すぐに街を離れた私は既に一晩、休まず森を進んでいた。既に東の方は薄っすらと白んできていて、さすがに私は疲れを感じ始めていた。
「はぁ、さすがに一晩中身体強化掛けながら森を抜けるのは疲れるわね。お陰でそろそろ森を抜けられそうだけど」
当然だけど、町と町を行き来するのに森なんて抜ける人は居ない。普通は馬車を使って、王都を経由して行くのだけど、それだと当然時間も掛かるし、私の置かれている状況では考えるまでも無くそれは使えない。多少の強行軍でもこうして森を突き抜けていたのだけど。
「まぁ、この森は野生の獣は居ても魔物は滅多に出ないからね。縄張りにさえ入らなければ平和平和!」
なんて呟いた直後、
『グギャアアアアアア!!!』
突然、咆哮が轟いた、、、何か呼び寄せちゃったかな?
咆哮が聞こえてきた方へ視線を飛ばすと、バキバキと木が砕ける音が響いてきた。
(ずいぶん暴れてるわね。それにこの感じは、、、)
気配を消して音のする方へと近づいていく。すると、唸り声や地響きに混じって微かに人の声が聞こえてきた。
「動きを抑えろ!頭を潰さねぇとこいつは止まらねぇぞ!」
「拘束魔法が跳ね飛ばされる!熊モドキの癖して魔力量が多いわ!」
「先に足を潰すしかねぇな!魔法で攪乱してくれ!その隙にアタシらが!」
「任された!行くぞ!」
「デカい図体の割に動きが素早い!油断するな!」
そっと覗いてみると、5人の男女が見事な連携で巨大な影に立ち向かっていた。
(あれは、元は熊だったのかな。魔物化してどえらい事になっちゃってるけど)
その熊のような魔物はちょこまかと動き回る5人にかなり苛立っているのか、何度も鋭い爪の生えた両手を振り回しては木々を切り裂いていく。その姿はどこか苦しんでいるようにも見えて、
(もしかして、魔物化して間もないのかな。かなり苦しんでる)
魔物、この世界を脅かす存在。
魔物達はどこからともなくやってくる、のではなく現存する生き物が突然変異によって異形化、狂暴化する事によって現れる。変異の原因は詳しくは分からない、世界中で研究がされているのだけど魔物化した生き物は死を迎えるとその肉体が残らずに消失してしまうのだ。なのでその死体を調べる事が出来ず、未だに詳しい生態が何一つ分からないそうだ。
現在推測として議論されているのが、元の生き物が何かしらの原因で大量の魔力を一気に取り込み変貌しているのでは、というものだった。そしてそれを裏付けるのでは、と言われてるのが異形化と狂暴化なのだ。
異形化とはそのままの意味で、魔物化すると元の生き物の面影を残しつつも様々な変化を発生させる。
まずはその体躯の巨大化、全身が通常の数倍にまで大きくなり、相応に体が強化される。
そして異形化と言われる理由となった最大の変化が、見た目の変異。元の生き物の種類にもよるのだけど、目の前の熊型魔物で例えると、巨大化した体のそこかしこから不気味に蠢く瘤が飛び出している。形も大きさもバラバラだけど、それが魔物の体内から飛び出しているのだけは同じだ。
さらには手足の爪が長く鋭くなり、凶器へとなっている。野生の獣は生きる為に獲物を狙い、その身を武器とするけど、これは違う。必要以上に変化したそれはただ目の前の敵を切り刻むためだけに存在している。それはもはや生き物の摂理に反する、故に魔物と呼ばれるのだろう。
そしてその変化により厄介となるのが狂暴化。当然、熊や猪のような獰猛な獣は普段も狂暴であるが、それでも縄張りを荒らしたり、こちらから手を出したりしない限りは基本は大人しい。
だけど魔物化すると、目に映るもの全てを破壊し尽くすまで止まらない。破壊し尽くしてもひたすら暴れ狂い、やがて獲物を追い求めて移動し始める。
何一つ生態が不明と言ったけど、実は一つだけ判明している性質がある。それは魔力を求めているという事、それも人間の。
人が持つ魔力を求めて魔物は行動し人里近くまで現れる上、場合によっては周囲の動植物に影響を及ぼして魔物化させ、そのまま群れとなってしまうのでとにかく危険で厄介なのだ。意図してではなく、ムリヤリ取り込んだ魔力が暴走して溢れ出ているのだろうと研究者達も考察していると聞いたことがある。
そしてその全てが魔力を原因として起こっているとする最後の理由こそが、死後の肉体の消失。
変異が魔力によって引き起こされ、体を構成する全てが魔力に変換されているのではと言われていて、事実、魔物が消失した直後のその周囲は魔力濃度が高くなっている事が確認されているらしい。心臓や脳などの核となる場所を破壊すると瞬く間に肉体が霧散する事から、魔物との戦いではそこを狙うのが定石となっているのだ。
今暴れている熊型魔物は、とりわけ魔力を大量に取り込んでいるらしく、並の魔法が弾かれているらしい。それでも5人の人影は慌てる事なく確実に魔物に傷を負わせていってるようだ。
(あの手並みからすると、かなりベテランのハンター達みたいね)
その動きを観察しながらそんな感想を抱き、3年前、私の住んでた町が魔物の群れの討伐拠点になった時にも、似たような人達を見掛けたなぁと思い出した。恐らく彼らもその時の人達と同じく魔獣討伐協会から派遣されたハンター達なのだろう、危なげなく戦う様子を見てとりあえず自分が手助けする必要はなさそうかなとその場を去ろうとしたその時だった。
『ギュアアアア!!!』
森の外から別の咆哮が響き渡る。
その声に私も、熊型魔物と対峙していた5人も一斉に顔をそちらに向ける。その隙を魔物は逃さず、咆哮を上げながら爪を振り上げ、すぐ近くに居る斧を構える女性へと振り下ろすのが目に映り、
「喧しい!」
私は叫ぶと同時に左手をかざし、聖痕の力を直接放つ。直後、魔物は動きを唐突に止め、声を上げる事なく後ろへ倒れていき、地面に沈む直前に黒い霧となって消滅した。
立て続けに起こる事態にハンター達が呆然とする中、私は彼らを無視してもう一つの声の元へと走り出した。
さっきの一撃で急激に魔力を消費してフラつきそうになるのをムリヤリ堪え、再び強化を掛けて森を駆け抜けて一気に平原へと飛び出す。その視線の先に、今度は猪型の魔物が居た。
しかも魔物の先には、奴に追われているのだろう一台の馬車が走っていた。そして私は気付く。
(マズい、御者が振り落とされてる!)
馬が恐怖からか物凄い速度で逃げているのだ。しかも御者の制御がないから滅茶苦茶に蛇行しながら、繋がれた馬車を振り払わんばかりに。
私はさらに加速して一気に馬車へと飛び込み、中を確認する。そこに居たのは、
(女の子?いや、年は私と同じくらい?)
ふわりとした金色混じりのピンクの髪ごと頭を抱えた女性が一人。目をギュッと瞑っているのか私にまだ気づいていない。
馬車が一際大きく揺れて嫌な感じに軋み始める。
「ちょっと!悪いけど抱えるよ!」
私の怒鳴り声にビクッとして彼女が顔を上げる。その眼には涙が浮かんでいて、可愛らしい顔を濡らしていた。一瞬見惚れそうになるけど、すぐに気を取り直して彼女の抱き上げる。
「えっ?あ、あのっ!?」
鈴が鳴る様な気の抜けた声を無視して飛び出すと、その直後に馬車はぐしゃりと潰れ、さらに猪型魔物がその巨大な牙で粉々に粉砕した。そして平原の中、少し離れた場所に着地した私達へとすぐさま突っ込んでくる。
腕の中で彼女が小さく悲鳴を上げて縮こまるが、私は真っ直ぐに魔物を見つめる。そして今度は慌てる事なく身体強化を解除すると、女性を抱えたまま右手を突き出し、しっかりと聖痕へ魔力を流す。
恐怖からか、私の首に両腕を回した女性が震える瞳で私の顔を見つめてきて、さらには背後の森から幾つかの叫び声が聞こえてくる。
それらを無視して私は魔力を練り上げ、そして、
「沈め」
ただ一言、放つ。瞬間、またしても魔物はビタリと動きを止め、今度は倒れる事なく消滅した。
その光景に、腕の中の女性も、森から飛び出してきたハンター達も、呆然と目を見開いていた。
ふぅ、と軽く息を吐いてから女性をそっと地面に降ろすと、腰が抜けているのかそのままペタンと草原に座り込み、私を見上げてきた。
「あ、、、あの、貴女は、、、?」
まだ微かに震えが残るその声に、私は右手の人差し指を口に当ててパチリとウィンクを返す。
そしてハンター達に追いつかれる前にまたしても魔法を使って姿を隠した。
突然消えた私に彼女も、ようやく駆け付けたハンター達も何度も辺りを見回してしばらく立ち尽くしていた。
いよいよリターニアの力の片鱗をお見せできたかと。でもまだまだ秘密がありますので、今後もよろしくお願いします!