78 収束、そして
余裕で待ち構えていたのに、意表を突かれたとはいえ最大の目標を取り逃してしまったのは痛手ではあった。
とはいえ、刺客達のまとめ役と思しき男が撤退したという事は、アンスリンテスに潜んでいた者達はこれで一掃できたと考えていいだろう。
その証拠にというか、捕まえる事が出来た連中は軒並み使い捨ての下っ端らしく、ダゲッド率いる魔導教導院の人達のそれは丁寧な尋問にあっさりと全てを話したという。
残念ながら、一番気の重い報告を今からしないといけない訳ではあるのだけれども。
「結論だけ言うけど、私の方は逃げられたわ」
ようやく一段落し、全員が中央議会の議場に集まった所で真っ先に口を開く。
理由はどうあれ、失敗したのは事実だから頭を下げる。
「何か不測の事態でもあったんですか?」
何かを察したのか、オーフェが先を促してくれる。
他の面々の顔を窺うと彼らもオーフェの言葉に頷いたり、気遣わし気な視線を向けてくれてたりしている。
少しだけ安堵しながら、それでも後の事を考えないといけない状況なのは確かなので私も気を取り直して続ける事にした。
「まずは帝国の脅威度から共有するけど、改めてあの国は危険だと思わされたわ。私の方に来たのが恐らく首領だと思うけど、そいつが逃げる時にある魔導具を使ったの」
一度言葉を切り、全員の顔を見回す。
「細かい事は分からないけれど、間違いなく転移魔導具だったわ」
「転移魔導具だと!?」
「転移魔導具ですかぁ!?」
珍しくダゲッドとオーフェが声を揃えて叫んだ。
でも当たり前と言えば当たり前、転移魔導具なんて夢のまた夢とも言われる程研究開発がされ、誰一人到達出来ていない頂の一つなのだから。
「転移先はまず間違いなくウルギス帝国、つまり海を越えた向こう。細かい場所は分からないけど、それでも船で三日以上掛かる距離を転移したのは脅威でしかないわ」
全員私と同じ感想を抱いているのだろう、虚空を睨んだり目を伏せて思案したりと、それぞれが状況を飲み込もうとしている。
暫し重苦しい空気が議場を包む。
けど、それを振り切る様に声を上げる者が居た。
「ええい、ここで考えていても今はどうにもならん!ひとまず脅威は去ったのだ、そうであろう!」
気炎を上げる様に吠えたダゲッドが勢い良く立ち上がる。
それに釣られて私も他の皆も顔を上げて彼の顔を見ると、他人を気遣うなんて慣れない事をしたからかその顔が赤く染まっていた。
「フフ、貴方に気遣われるなんて思いもしなかったわ。でも、そうですね。彼の言う通りです」
笑いを堪えながら頷いたアドネア。
「そうだな、どうせ帝国もこれで暫くは手出しも出来んだろう。今はそれで良しとするべきだの」
肩の力を抜いたグウェイブ院長もそれに続く。
「これからやる事が山積みですよぅ。まずは転移魔導具の開発ですかねぇ、帝国が出来て私に出来ないなんて許せませんからね!」
「間者を感知する魔導具も作らないと。応用できそうなヤツが幾つかあるはず」
オーフェとリーフェも帝国の技術の高さに刺激されたのか、いつも通りに戻っている。
確かに、今は悩んでいてもしょうがない。
厄介な事態を引き起こしていた元凶も居なくなったし、これでとりあえずは一安心なのは確かだ。
私としても、ようやくこれで面倒事から解放される訳だし。
そんな風に考えたから、或いは緩んだ空気に引き摺られて気が緩んだからか。
「それで、結局組織対抗戦はどうなったの?」
うっかり呟いた言葉に、五人の視線が一斉にこちらを向く。
「あ、あれ?なんかマズかった?」
最初の時とはまた違う緊張感に包まれてしまった議場に私の声だけが響く。
それとなく視線を巡らせると、オーフェとリーフェは何やら目を輝かせているし、グウェイブ院長は窘めるような、それでいて同情するような顔をしている。
アドネアは顎に手を当てて何かをブツブツと呟いているけれど、それ以上の反応を示しているのが、
「確かに。帝国の連中に気を取られていたが、そもそも対抗戦自体とは何も関係は無いではないか」
ダゲッドが唸りながら首を捻る。
うん、確かに彼の言う通り、帝国の暗躍と組織対抗戦は意味があって重なったのではない。
状況的に上手い事利用されたに過ぎない訳で、別に対抗戦である必要も無かった訳だし。
と、そこまで考えて気付いてしまった。
「、、、もしかしなくても、続行?」
寧ろ、脅威が無くなったのだからより本腰を入れて動いていいって事に。
私の言葉に反応したからなのかは分からないけれど、私を除く五人が同時に立ち上がる。
「ま、待って。もう日が暮れてるし、明日仕切り直しでいいんじゃないのかなぁ?」
「いや、寧ろ今が好機ってヤツですよぅ。リターニアさん?」
「そう、観客も動きが無くて退屈してる」
双子が連携して追いつめてくるんですけど。
「むぅ、確かに。ここらで派手に行くのも悪くは無いかもな」
「そうですね。これは祭りでもありますし、あまり地味過ぎるのも宜しくはないですからね」
まさかの院長が向こう側に回る事態だし、アドネアも何やら裏がある。
そしてトドメに、
「うちの奴らもそろそろ鬱憤が溜まってる頃合いだしな。悪いが、今から再開と行くか!」
調子を取り戻したダゲッドがガハハと笑い、私は堪らずすぐ近くの窓を開け放って飛び降りる。
後ろから響く五人の声を聞きながら、暗くなった空を見上げて叫んだ。
「まったく、どうしてあろうことか、魔王である私がコソコソ逃げ回らないといけないの!」