73 とある姉妹
知りたい事をある程度知れた私はアドネアから魔導具を引き取って再び町を歩いている。
事態が事態だけに、アドネアからは組織対抗戦の中断を提案されたけど、私は敢えてそれを止めた。
ウルギス帝国から放たれた暗殺者がまだどれ程潜んでいるか分からない以上、あからさまな行動をすると連中がどう動くか余計分からなくなる危険がある。
だから敢えて今は現状を維持して状況をこちらで操っておく必要がある。
とは言え、自身も襲われた事で憑き物が落ちたのか、アドネアからは協力を申し出られた。
とは言えそれもそれで表立って動いてしまう訳にはいかないので、当面はダゲッドの対応を任せている。
彼も誰かしらからの援助を受けているらしく、恐らくはアドネアに接触した何者かと同一人物か、そうでなくとも同じく帝国の手の者なのは間違い無さそうなのだそうだ。
その辺りに探りを入れてくれるそうだけど、最早何が起こるかは分からない。
これ以上厄介な状況に陥る前に私はリーフェと話をしなければならない。
オーフェとアドネアを襲った連中とリーフェが無関係なのは確かだろうけど、だからと言って帝国と完全に無関係化と問われるとそれもまた完全に否定できない。
リーフェの持つ聖痕に干渉する魔導具は、これまでの状況から考えても帝国から齎された物は間違いないと考えていいだろう。
あとは本人と話して真相を突き止めるだけ。
なんて意気込みはしたものの、対抗戦が始まってからリーフェの動きが全く分からない。
魔導開発局第二からはいつの間にか姿を消しており、それ以降誰も居場所が掴めていない。
では、何故先日はわざわざオーフェの前へ姿を現したのか。
最大の疑問がそれだ。
もしもリーフェが襲撃者だったならまだ話は早かった。
でもそうではないとアドネアが本人から直接聞いている。
勿論、それを馬鹿正直に信じてはいない。
なにせ、リーフェとはたった一度しか言葉を交わしていないし、それも挨拶程度だ。
彼女の人となりを私は全く知らない。
正直、今こうして厄介な事になっている原因の一つがそこにもあるから何とも言えない気分でもある。
じゃあこうして町を適当に歩いて回っていても目的の人物には出会えないのでは、という訳でも実は無い。
アドネアによると、リーフェは私達の前には出てこないものの、町では意外と姿を見られているらしい。
流石にどこに潜んでいるかまでは分からないけど、どの辺りにいつ頃来るかは凡その見当が付けられたのだ。
今はそれを基に彼女の居そうな場所を歩き回っている最中だ。
どうせ時間は掛かるだろうし、気長に行こうと周囲を見渡したその時だった。
「、、、居たんだけど」
まさに目の前の十字路を横切ろうとするリーフェを見つけた。
ごく普通に歩いてきた彼女は何気なく顔をこちらに向け、
「、、、げっ」
小さく呻くとクルリと向きを変えて元来た道を引き返そうとする。
勿論それを見逃すほど私も間抜けじゃない。
即座に駆け出して逃げようとする彼女の肩を掴む。
「私が捕まる側のはずだけど?」
「いや、それはそうですけど、、、」
絵に描いたような渋面でこちらを見返す彼女に肩を竦めてみせる。
「とりあえず聞きたい事があるから付いて来て」
有無を言わせず歩き出す。
観念したのか、少し遅れて足音が続く。
少し歩いた先、人気の無い空き家らしき場所でリーフェと向かい合って椅子に座る。
ここは中央議会が管理する建物の一つで、アドネアから許可を貰って使えるようにして貰っていた場所の一つだ。
居心地悪そうにするリーフェに、私はまず左目の聖痕に魔力を通して観察する。
(不自然な魔力は無し。魔導具で操られてるって線はなさそうね)
「あの、、、その眼、もしかして」
「オーフェで慣れてるの?ええ、聖痕よ」
さっきまでの落ち着きの無さが一転、興味深そうに私の目を覗き込んでいる。
流石は姉妹、こういう所は本当にそっくりだ。
「色々話してくれたらその後でゆっくり見せてあげるわよ」
そう言うと、物凄い勢いで首をブンブン振って応える。
その勢いに思わず苦笑いが出てしまうけど、気を取り直して聞くべき事を告げる。
「貴女が持つ聖痕に干渉する魔導具、あれは何?」
途端、さっきまでの態度が瞬時に強張る。
リーフェの表情は暗く、纏う空気は重い。
「貴女達姉妹のあれこれに首を突っ込むつもりはないわ。でも、その魔導具だけは別。それの出所を私は知りたいの」
私の目的を告げると、俯いてた顔が少しだけ上を向く。
まだ瞳の奥に迷いが見えるけど、それでも彼女は口を開いた。
「これ、父さんが作ってた魔導具。私はそれを完成させようとしているの」
「お父様が?経緯とか理由とかは?」
私の問いに、またしても沈黙。
だけど、その顔はさっきとは違ってどこか柔らかい。
「まさか、オーフェの為?貴女はそれを知って、研究を引き継いだの?」
驚いた様に顔を上げて私を見つめる。
その眼は、喜んでいる様にも、悲しみを湛えている様にも見えた。