67 変わっていく者、変わらなかった者
アドネアの報告書に目を通した私は、その紙を机に戻しつつグウェイブ院長に視線を向けた。
彼にとってもこの襲撃事件は頭を抱えたくなる様なものだろう。
しかし、それを感じさせない表情で私と相対している。
ただ、だからこそ気になる事があった。
余り長居も出来ないし、ここは単刀直入に行こう。
「院長、もしやこの襲撃者に心当たりがあるのではないですか?」
私の質問に、表情こそ変わらないけどほんの僅かだけど肩が強張ったように見えた。
私は敢えて深く追求せずに彼を真っ直ぐ見つめる。
しばらく睨み合いにも似た状況が続き、だけど観念したように彼が深く息を吐き出した。
「、、、これでもそれなりに表情を作っていたのだがね」
「ええ、それはもう見事でした。でも、だからこそ落ち着きすぎているな、と感じました。まるでこうなる事が分かっていたかのように」
私の言葉に、彼がむぅと唸って天井を仰ぐ。
そして、ようやく硬い口を開いた。
「犯人は間違いなくリーフェ君だろう」
彼の言葉に、私は驚きよりも納得の方が大きかった。
以前、初めて顔を合わせた時に感じた何かがようやく形になったと感じたのだ。
あの時リーフェから感じた何かは、オーフェに対する感情。
それも、こうして襲撃が起きたから分かったけれど、殺意にも似た感情だったのだ。
だからと言って後悔だとか失敗したとかは思わない。
何せ、オーフェは聖痕を宿している。
双子の姉妹で、片方だけが恵まれてしまったら誰しもそうなってしまうだろうし、聖痕自体が災いするならまだしも、今回の事はあくまで姉妹間の問題だろうと私は感じている。
もしも襲撃者がダゲッドやアドネアだったならば、聖痕自体に対する感情が基になっているのは考えるまでも無いだろう。
いや、リーフェにしても聖痕が全く関係していないとは言えないのだけど、もしもそれが原因だとするなら恐らく私に対しても何かしらの感情を向けてもおかしくは無かったと思う。
それが無かったという事は、つまりはオーフェ個人に対して思う所があるという事なのだろう。
そしてそれを前提にして今回の事を考えてみる。
この襲撃は恐らく元々計画していた事だろう。
組織対抗戦自体は前々から予定されていた事だから、そこに乗じようとしていたのだろう。
そしてそれは、命を取る事を目的としていない。
更に言うなら、怪我を負わせて対抗戦から離脱させる事がリーフェの目的でもない。
これはあくまで手段の一つだ。
多分だけど、彼女はオーフェをこれから自身がやる事に巻き込みたくないのだ。
「不器用な子なのね、オーフェは」
思考を巡らせてたせいか、思わず呟きが漏れてしまった。
それに、グウェイブ院長が思わぬ反応を返してきた。
「あの子が何をしようとしているのか、お気づきになられたのですか?」
「まさか、貴方は何かを御存じなのですか?」
オーフェについて話を始めた時からずっと何かを抱える様に重苦しい雰囲気を纏わせていたグウェイブ院長だったけど、私の反応に自身の失言を察したらしい。
ここまで常に冷静を保ってきていた彼が初めて見せた動揺に、やはりと確信をする。
彼は間違いなくあの姉妹に関する何かを知っている。
「話してくれますか?何がどうしてこんな事が起きたのか」
私の言葉に、重々しく息を吐き出した彼は、まるで罪を告白するかのように話し始める。
「はぁ、貴女は本当に、恐ろしい程聡明だ。そうですな、全ては彼女達の父が亡くなった事が発端でしょう」
組んだ手を額に当てながら、まるで懺悔でもする様に訥々と言葉を紡ぐ。
「オーフェ君は元より研究者気質でしてな、落ち込みこそしましたが数日で気を持ち直した。しかし、リーフェ君はそうではなかった。表向きはオーフェ君と共に立ち直ったかのように見せていたが、その頃から何かに憑りつかれたかの様に魔導具の研究に熱を入れ始めた。そして、姉妹は擦れ違い始めたのです」
擦れ違い。
何て事は無い、互いに魔導具の研究に没頭していき、生活時間が合わなくなっていった。
研究者ならよくある事、だけど。
「ご存じの通り、オーフェ君はあの頃から今と変わらない偏執とも言える研究者。しかし、リーフェ君は元々はそうではなかった。あの子は体を動かす方が好きな活発な子でした。学院に入り魔導具に関する勉強を始めはしましたが、どちらかというと外に出て自身で試していくやり方で、特に既存の魔導具を改良するのが得意でした。しかし、父親の死後は外に出る事は極端に減り、その研究内容も段々とズレ始めた」
魔導具の改良とは即ち、既にある機能をより効果を高く、より効率良くする事。
だけど、それだけではなくなっていった。
「オーフェ君は魔導具の改良と並行して、とある魔導具の開発に心血を注ぐようになったのです」
彼の次の言葉を、私は予想が出来た。
そして、その嫌な予想は的中した。
「、、、聖痕に干渉する魔導具。何をどうしてそれを開発しようとするに至ったかは流石に分かりませんが、実は既に一度その魔導具を使った事があるのです」