65 予想外の変化
突然の異変に驚きはしたものの、今はとりあえず落ち着きを取り戻している。
幸い、冷静に意識を集中させると影響を受けているのは私の全体の力からするとほんの一部、一割程度だろうと感じる。
魔導具発動直後は、一割とは言え急激な変化であった事は確かなので反動で使役魔法が解けてしまったけど、今は既に使い魔を使役し直している。
つまりは、私にとっては然程大きな影響は出ていないと言える。
けれど、多分オーフェは違うだろう。
彼女はあくまで普通の聖痕所有者で、しかも特別訓練等を積んだ訳でもない。
となれば、私よりも彼女の方がこの影響は大きい可能性がある。
余計な苦労だとは分かっているけど、気になってしまった以上様子だけでも確認しておきたい。
自身の周囲に動きが無いのを確認しつつ、オーフェの下に再び使い魔化した野良猫を走らせる。
彼女が動いていなければまだ魔導開発局第一の建物に居るはずだけど、どうだろうか。
スルスルと建物の外壁を登ってオーフェが居る部屋の窓に辿り着く。
自然に中を覗き込むその動作はあくまで猫に任せているので違和感は無い。
それ程時間が経ってなかったお陰でオーフェはまだ同じ場所に居てくれた。
視線の先、椅子に座るオーフェは傍から見る分には特に変化は無さそうに見える。
だけどよくよく観察すると、少しだけ顔色が悪いようにも感じる。
事実、周囲の職員達が慌ただしく動き回ってオーフェにあれやこれやと世話を焼いているようだった。
オーフェ自身は身振り手振りで問題ないと訴えているようだけど、周りがそれを無理矢理押さえつけているようだ。
あの自由奔放なオーフェが珍しく抑え込まれているようだ。
(とりあえず大丈夫そうね。とはいえ、この後どう影響が出るかは分からないし、気にしておいた方がよさそうね)
ひとまず確認したい事は出来たから意識を自身に戻す。
それから時間が幾らか過ぎて、空模様が青から赤、そして闇へと変化していく。
もう間もなく不干渉時間に入り対抗戦初日が終わる。
ちょっとした出来事はあったけど、概ね予想通りの一日目になった。
とは言え、そのちょっとした出来事が今後も起こらないとは限らない。
そもそも、多少とは言え聖痕に干渉する事が出来る魔導具があるなんて予想もしていなかった。
確かに、聖痕は古くから言い伝えられる位に歴史深い存在だし、ここ数年の技術の進歩と併せて考えれば何かしらの対抗策が造りだされても可笑しい話ではない。
但し、
(聖痕を持つ者の協力は不可欠、という事は、、、)
今日起きた聖痕への干渉、つまりそんな機能を持つ魔導具が作られているという事実。
正直、あのオーフェであるなら興味本位でそんな物を作っていても何ら不思議ではない。
でも、だとするなら彼女のあの様子は少し変に感じる。
あのオーフェが自身への影響を考慮せずにそんな物を作るだろうか。
寧ろそれと対になる様な、聖痕への干渉を抑える魔導具も作っているだろう。
それが無いという事は、今回のあの魔導具はオーフェによって作られた物ではない。
それはつまり。
(オーフェの他に聖痕持ちが居る?でもそんな気配は感じない。だとすると、まさか、、、)
この国に来てから色々とキナ臭い事はあったけど、今回は極め付けだろう。
恐らく、いや、間違いなく第三国の聖痕所有者がアンスリンテスに干渉している。
しかも、高い魔導具制作の技術力も持つ国に属する者が。
そしてそれこそが、ダゲッドやアドネアがこうまでして私を、聖痕を持つ者を取り込もうとしている原因だろう。
(どうやら、遊び気分で居られるのはここまでみたいね)
声に出さず独り言ちて、すっかり暗くなった空を見上げる。
だけど、そんな私の決断の裏で既に事態が大きく動いてしまっていたなんて、この時は露程も思いもしなかった。
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魔導開発局第一。
そう呼ばれる建物は夜の帳の中、静かに佇んでいた。
外観はいつもと同じ。
しかし。
「う、、、ぐぅ、、、」
その中では、破壊の嵐が吹きすさんでいた。
中に居た数人の研究員は全員床に転がり、意識を失っていた。
その中に一人だけ、床に這い蹲って呻き声を上げながらも意識を繋ぎ止めている者が一人。
「ど、どうして、、、こんな事を、、、」
苦痛に顔を歪めながら何とか顔を上げて、震える声で何者かに話しかけるオーフェ。
対するは、窓から差し込む月明かりを背に受けて影を浮かび上がらせる襲撃者。
「、、、お前が」
感情の籠らない平坦な声。
しかし、オーフェだけはその声に一欠片の何かを感じ取った。
「そんなに、私が憎かったですか?私は」
「黙れ!お前に何が分かる!?何も知ろうとしなかったお前に!」
怒号と共に繰り出された蹴りがオーフェの腹部に突き刺さり、床を転がる。
苦しみに呻くオーフェの頭を踏みにじりながら、襲撃者が叫ぶ。
「仇は私が取る!その為に全てを利用してきた!あいつ等も、お前も!この対抗戦でそれがようやく叶うんだ!お前は地べたに這い蹲ったまま無様を晒していればいいんだ!」
最後に踏みつけていた頭を蹴り飛ばして、襲撃者は去っていった。
その背に、
「そんな事をしても、、、誰も帰っては、来ないんですよぅ、、、」
寂し気に、オーフェの声が響いた。