64 組織対抗戦・1日目
町中が歓声に包まれる。
その後押しを受けながら私はアンスリンテスの町を歩いている。
まだどの組織からも接触は受けていない。
代わりに、私は既にそれぞれに使い魔を放っている。
前にも少し触れたけど、使い魔を使役する魔法は既に時代遅れとなりつつある。
特にこの国では魔導具がより普及しているせいか、使い魔への対策はほぼ無いと言ってもいい。
加えて、使役魔法は一度に一匹にしか掛けられない。
そう、普通であれば。
であるなら、普通ではない私がそれを使えばどうなるか、もはや言うまでもないだろう。
今の私は、五匹の使い魔と同時に意識を共有している。
常人ならば、そんな事をすれば意識が混濁した挙句廃人と化すのは当然だろうけど、聖痕の補助があればそれもまた容易い事になる。
使い魔と常に意識を共有していると言っても、実際問題としてそれでは自身の思考の邪魔になる。
なので、共有意識の処理は基本聖痕に委ねておき、気になる事があれば切り替えて直接確認するという形にしている。
それなら状況に応じて臨機応変に動けるから便利だ。
現時点ではどこの組織も大きな動きはしていない。
何人か斥候役を放って私の位置を探っているだけだ。
初日はそうして探りを入れつつ、明日以降どう動くか策を練る事になるだろう。
かく言う私も今日すぐに何かをするつもりはない。
今回、私の方から手を出す事は出来ない。
あちらの行動に対しての反撃のみが許されているので、常に受け身とならざるを得ない。
故に、あちらさんはその初手にて決めに来るのはまず間違いない。
気を抜いているとうっかりやられ兼ねない。
私は私である程度気を張り続けないといけないから、それはそれで面倒ではある。
だからこその使い魔だし、聖痕を使ってまで全組織に同時に放っているのだ。
行動が常に後手になる以上、情報だけは常に先手を取り続ける。
今回の私の作戦がこれに尽きる。
そうして使い魔からの情報を片隅で意識しつつ、自身の目でも周囲を確認する。
加えて、時折魔力を奔らせてもおく。
人が居なくても何かしらの魔導具が飛ばされてくる可能性もある。
そこら辺はオーフェとリーフェの動きと繋がるから、来たなら来たで次の動きに繋げられるだろう。
「しかし、思ってた以上に出だしは静かなものね」
ある程度予想していたとはいえ、こうまで接触が無いのも逆に不気味と感じてしまう。
特に、あのダゲッドが暴走して突っ込んでこないのは驚きである。
まぁ準備期間の間に何度となくやり取りをしてた訳だし、その変は口酸っぱく言い含めたのだろう。
なんて当たり前の様に思っているけど、そもそも準備期間中に私に対しては基より、組織間のやりとりも当然禁止されているのだ。
組織の長同士が密会するなど論外なんてものじゃない。
加えて、魔導教導院と中央議会はまず確実に裏で結託している。
そもそも、ただの政治組織の中央議会がこんな形のイベントに参加した所で何もしようがないのだ。
オーフェもそれを理解した上で、あえて今回のやり方を提示して最も厄介なダゲッドを取り込んで見せた。
まぁその本心が魔導具の実験に打ってつけだからという実にらしい物なのは言うまでも無いけれど。
「おっと?」
あまりの暇さにウダウダと考えていたら、使い魔の視界に大きな変化が起きたのを感じた。
人目の付かない路地裏に入って意識をそちらに切り替える。
使い魔として使役している鳥の目線に切り替わり、その視線の先で動いている人影を観察する。
「よろしですか?使い方は説明を受けた通りです。設置個所も指示した通りにするように」
良く通るアドネアの声に部下と思われる男達が首肯で返答する。
それに頷き返したアドネアの動きを合図に、男達が四方へ散会して走り出す。
「私の計画を邪魔した小娘に痛い目を見てもらうとしましょう」
ニヤリと口を歪ませながら呟き、彼女は役所へと戻っていく。
それを見届けた後、鳥に指示を出して走り去った男の一人を追いかける。
程無く追いつく事が出来たからしばらく様子を見ていたのだけど、そいつは特に何かをするでもなく辺りをキョロキョロと見回しているだけだった。
(何をしてるのかしら。何か小細工してるようにも見えないし)
しばらく観察を続けても特に動きは無く、どうしたものかと思い始めたその時だった。
不意に視界が揺らぎ、意識が強制的に自分に戻された。
直後、頭に鈍い痛みが走る。
「使役魔法が解除された!?どうして、、、」
何が起きたのか自分の体を確かめてみる。
すると、妙な違和感が全身に纏わりいているように感じた。
いや、これは、、、
「噓でしょ、、、聖痕の力が抑え込まれてる?」
聖痕に魔力を送り込んでも、いつもより反応が鈍い。
それが、信じられないような事実を訴えてくる。
「魔導具で聖痕を抑えるなんて、、、いや、そうか!町を覆う魔導具と同じ原理を使えば効果を増幅出来る!」
思わず顔を顰める。
いつの間に準備をしたかは分からないけれど、既に先手を打たれてしまった。
反動で重く感じる体を無理矢理動かして、私は路地から抜け出した。