62 幕間・未来を見据えて
老骨に鞭を討って会議に参加してみれば、思わず年甲斐もなくはしゃいでしまった、と自戒する。
魔導学院に戻ったグウェイブは、教師陣に先程の会議で決まった内容を伝達して準備を進めるように指示を出しておいた。
例年とは異なる組織対抗戦に、しかしグウェイブも当然の事教師達も、それを聞いた学生達も大いに盛り上がっている。
そうして諸々の準備と策を伝えて院長室へと戻った彼は、そこでようやく一息吐いて冷静な思考に戻った。
今日の会議でのオーフェの発言には驚かされはしたものの、確かに今回の状況を鑑みると最善とまでは言えなくとも次善ではあるとも思える。
「あの子も大変だったろうに、すっかりと立派になったな」
感慨に耽り独り言ちるも、その胸中には蟠る何かがある。
特に気にすべきは、、、
「アドネアもダゲッドも秘めたる物があるのは知ってはいたが、しかし」
彼が最も気に掛けているのは、意外にもその二人ではなかった。
アドネアもダゲッドも、グウェイブにとっては教え子でありその主義志向は長い時を経た今でも十二分に理解している。
彼らは彼らでこのアンスリンテスを思って行動している。
手段や合法性に問題があるのもまた事実ではあるが、それを飲み下してでも貫こうとしているその姿勢は素直に敬服するものがある。
だが、
「あの子達は色々と大変な思いを負い過ぎている。オーフェもリーフェも、両親を失った悲しみは深いだろうに」
オーフェはまだいい、彼女は基より研究一筋で生きてきた。
無論、両親が相次いで逝ってしまった事に人並みに悲しんではいたが、自力で立ち直っていた。
リーフェもそんなオーフェと共に立ち直り、母親の跡を継いで今に至ってはいるが、しかし。
グウェイブが抱く物、それが指し示す人物が何を思っているのか、今日に至るまで彼は推し量る事が出来なかった。
普段からあまり感情を表に出さない子ではあったが、ここ数年は輪を掛けてそれが顕著になっている。
周囲には悟らせない様に振舞ってはいるが、そのほんの僅かな機微にグウェイブは時々気付いていた。
とは言え、それが何か危険な事に繋がってはいなかった以上様子見するしかなかった。
それが違ったのでは、と意識したのは実は今日の代表者会議の場だった。
オーフェの提案に全員が表向き賛同していた中、グウェイブは気付いた。
リーフェの表情が一瞬だけ歪んだのだ。
僅かな変化であったが、あの子はその暗い瞳をオーフェに向けていたのだ。
そして何よりも恐ろしいと感じたのは、そこに宿る感情が全く読めなかったのだ。
今更ではあるが、グウェイブは見た目こそ70代程の老人に見えるがその実倍近くを生きる特殊な血を持つ人物であった。
かつてあった魔王との騒乱も、英雄ブライム・フェオールとその仲間達に魔導具を供与したのが実は彼だった。
だがしかし、当時の彼はその心を切り裂かんばかりに苦しんでいたのであった。
自身に聖痕が宿ってさえいれば、若者達を死地へと送り出す事も無かったのでは。
世界中の希望を一身に背負う事となった彼らの背を、その姿が見えなくなるまで見届けた彼が、魔王との戦いの後に幾人かの命が散り、言葉を交わしたブライムも生きて戻りはしたがその心が砕けていると知り、グウェイブは大いに嘆いた。
そしてそれ以来、後進達の育成に尽力、いやその人生を捧げたと言ってもいい程にのめり込んだ。
同時に、言葉を交わした相手の心の内を読む術を編み出した。
もう二度と若い命を失わない為に、なによりも自身が後悔をしない為に。
故にアドネアやダゲッドの腹の内もまた理解をし、彼らのやり方に委ねてきた。
しかし、それが通用しない者が現れた。
即ち、それがリーフェである。
学院に居た頃にも少なくない交流はあったし、その時はまだ彼女の内を垣間見る事が出来ていた。
それが変わってきたのは、そう。
「オーフェ君に聖痕があると判明したのが、全ての始まりなのか」
アンスリンテスに聖痕所有者が居たと判明した時は、それこそ国がひっくり返る程の騒ぎになったし当時まだ存命だった彼女の両親も驚きつつも喜んでいた。
そしてリーフェも共に祝福をしていた、はずだった。
騒ぎが落ち着き彼女達が再び学院に来たその日、オーフェと共にリーフェとも顔を合わせたグウェイブは自身を疑った。
リーフェの心が全く読めなかった。
表向きは姉を祝っているはずなのに、まるでそれを感じさせない内情がグウェイブを大いに混乱させた。
そして、それが解消される事は終ぞ無かった。
それを今日、改めて思い知ってしまった。
だからこそなのか、天井を仰ぎ見ながら若者達の行く末を案じる。
そして、自身がこの組織対抗戦に於いて何を為すべきなのか。
これまで見守る事に徹してきた己が今更何を為せるのか、何を為さねばならぬのか。
思考の海に沈みながら、ここ数十年考えてこなかった事を今日改めて突き付けられたという事実。
それに対して未だ以って、彼は答えを持ち合わせていなかった。
そして、そんな彼を壁に穿たれた小さな穴から覗き見ていた一匹のネズミが、長い尾を何度か振り穴の中へと消えていった。