60 幕間・目指したその先へ
代表者会議が無事に終わり、それぞれが満足気に帰路へと着いた。
アドネアもまた、ようやく肩の荷が下りたと肩から力抜いていたと、少なくとも周りはそう思っていた。
しかし、
「おのれ、ローディアナのクソガキがあああああ!」
中央議会の執務室、既に夜も更け始め、職員が全員帰宅したその部屋に金切り声と激しい破壊音が響き渡った。
目に付く物を手当たり次第に床や壁に叩きつけ、それでも腹の虫が収まらずに何度も机に両手を振り下ろす。
「せっかく上手い事誘導してきたのに、全部無駄にしやがったあああ!」
今のアドネアの姿を、誰が普段の彼女と同じものと認識できるだろうか。
それほど、今の彼女は怒り狂っていた。
事実、アドネアは今回の組織対抗戦に向けて多くの手間暇を掛け、時間を割き、心血を注いできた。
いや、それを言うならそもそも彼女が中央議会を掌握する為にどれ程の労力を割いてきたのか。
それを知る者は多くが彼女の配下として仕え、従わなかった者達はもうこの世に居ない。
胸に秘めた野望の為に若き日から努力と研鑽を重ね、時にはその体をも武器として多くの者に差し出し、障害となる者を蹴落としてきた。
そうして長年の血の滲む様な努力の果てに、彼女は今の地位を勝ち取った。
だが、それで終わりではなかった。
アドネアの目指す場所はアンスリンテス魔導国に留まらない。
フェオール王国、さらにはイングズ共和国、それらをも手中に。
果てなき野望を果たす為にアンスリンテスでその第一歩を踏み出した。
それは偏にこの国が国としては余りに歪で、取り入るのは都合が良かったからだ。
だが、いざ懐に飛び込んでみると、その歪さが枷となった。
国と呼ばれる形式を取ってはいるが、その実態は烏合の衆と何ら変わらず。
各々が好き勝手に望むがままにしたい事をする。
それを何とか取り纏め、辛うじて国としての体裁を保たせているのが中央議会だった。
故に、アドネアは議会を掌握する道を選んだ。
しかし、待ち受けていたのは余りにも苦行の道だった。
フェオールやイングズに赴き、国を運営する方策を練ってはみたが、そのどれもがそもそもアンスリンテスの在り方とは相容れなかった。
そも、国としての成り立ちがあまりに特異過ぎたが故に、アンスリンテスという国は本来国として有るべき機能をほぼ持っていなかった。
先人達もそれに危機感を抱いたのであろう、それが総責任者という制度であり、それを決める為の組織対抗戦である。
その歴史を紐解いたアドネアは総責任者へ至る為に策を練った。
しかし、その紐解いた歴史がアドネアを絶望の淵へと追いやってしまった。
何故なら、過去の一度も中央議会が総責任者を勝ち得た事が無いのだった。
組織対抗戦において求められるものは唯一つ。
即ち、魔導をどこまで追い求めたか。
それを目に見える形で知らしめ、競い合い、互いに高め合う。
その観点で言えば、中央議会は全く持ってそぐわない組織なのだった。
結局の所、中央議会はそもそも対抗戦の舞台にすら登れていなかった。
その事実を知ったアドネアは、その時もまた今の様に怒り狂った。
そうして一頻り暴れた果てに、その心に暗い闇が芽生えた。
どんな手段をも厭わず、目的を果たして見せる。
そんな怨念にも似た意志の下、新たに動き始めたのだった。
だがしかし、またしてもその目論見は崩れ去った。
代表者会議の場に於いてオーフェが提案してきた、これまでとは違うやり方での組織対抗戦。
今までのやり方を敢えて利用して、ダゲッドを取り込んでの一芝居を演じる予定であったはずが、思いもよらぬ一言で全く持って予想外の方向へ流れてしまった。
加えて、リーフェやグウェイブは兎も角としてまさかダゲッドまでが本来の作戦を忘れて乗ってしまったのだ。
その場では冷静に対応したアドネアではあったが、実際はその時点で腸が煮えくり返り、それを理性で押し留めていたのだ。
故に、ようやく人目が無くなった今この時に最大級の癇癪を引き起こしているのだったが。
「はぁはぁ、、、ああもう!片付けるのが面倒!」
ようやく落ち着きを取り戻した彼女が部屋の惨状を改めて認識して、悪態を吐く。
それでも、冷えた頭の中では既に善後策を練り始めていた。
「まずはもう一度ダゲッドと連絡を取らないと。対抗戦の形式が変わってもやる事は変わらないのですから」
どちらにせよ、今のままでは中央議会に勝ち目など万に一つも無い。
であれば、当初の予定通りダゲッドと連携して事に当たる外無い。
しかし、そこでアドネアは不敵な笑みを浮かべる。
「、、、そうね。あの方にも意見を窺わねば。最大の障害は間違いなくオーフェになるのだから」
机の引き出しから魔導具を取り出し、何処かへと連絡をする。
仄かに光を放つ魔導具に照らされたアドネアの顔は、仄暗い笑みに歪んでいた。
「ええ、承知しておりますとも。どのような形であれ、オーフェを葬り去るという目的は忘れていませんとも」
誰にも聞かれる事の無いはずだった呟きに、窓の外で丸まっていた一匹の猫が小さく一声鳴いて応えた。