56 束の間の平穏
アドネア氏との話はとりあえず一旦切り上げる事となった。
彼女との話し合いは後日改めてする事となり、今日は一旦解散したのである。
その別れ際にアドネア氏より提案があり、ダゲッドを含む今回の騒動の中心人物達に対して、私へのあらゆる手段での干渉を禁じる事を通達してくれる事となった。
という訳で、宿の食堂で昼食を摂った後、数日ぶりに町へと繰り出す事にしたのだ。
とは言え、ここ数日の騒ぎのお陰で多少は周囲から視線が集まってしまっているのはどうにも落ち着かない。
まぁ、既にアドネアの通達が町全体にも広まっているらしく、関わってくることも無いので我慢しよう。
町の雰囲気は落ち着いてはいるけれど、それでもどこか熱に浮かされたような空気が漂っているようにも感じる。
特に、私が宿から出た直後は幾つかの気配が慌ただしく飛び回っていたから、多分各組織の手の者か何かだろう。
特に害意は感じないし、接触してくる様子もない。
残念ながらのんびり観光という訳にはいかなくなってしまったけれど、束の間の平穏を楽しむべく適当に町を散策する事にした。
しかしまぁ、こうして久々に町を見て回るとやっぱりこの国は面白いなぁ、とつくづく思う。
というのも、最初にこの町を見て回った時もそうだけど、やはりアチコチに魔導具が使われているのに目が行くのだ。
フェオールではどの町でも、何なら王都ブライテスですら目に付く所に魔導具は見受けられなかった。
まぁオーフェから聞いた話の限りでは、これらも実証実験の一環なのだろうけど、逆に言えばこれだけの数の魔導具を開発しているという事でもある。
その技術力を知らしめる組織対抗戦はそれだけ重要な催しなのだろうし、それに勝てばより研究に資金や人員を割ける事になるのだ。
(それじゃあ、何処も全力で、どんな手を使ってでも勝とうとするワケよねぇ)
内心で独り言ちつつ、それに、と町の人々にも目を向ける。
そう、組織対抗戦の熱は国民達をも熱くしているのだ。
立ち並ぶ店はどこも組織対抗戦に向けて色々準備をしているようだし、一般の家ですら贔屓にする組織を応援する旗やら幕やらをぶら下げているのだ。
それはまさしくお祭り騒ぎ。
まだ何も決まってすらいないのに、噂だけでこの昂りなのだ。
いざ予定が決まり、そして始まったとあればどうなるのか想像も及ばない。
まぁこちらとしては傍迷惑ではあるけど、私も今回は一枚嚙むことになるのだ。
つまりはこのお祭りの渦中に巻き込まれる、それが何を意味するかは、、、考えないでおこう。
久々の小観光を楽しんで宿へと戻った私の元に一枚の手紙が届けられた。
差出人はアドネア。
ただし、その内容は先日の続きの打診ではなかった。
「代表者会議への参加、ねぇ」
溜息と共に呟きを零す。
つまりは、オーフェ達5人との正式かつ公式な顔合わせ。
いよいよ事が本格的に動き出すという報せだ。
日時は2日後、時間は午後から。
一応、私の予定を考慮するとも書いてあるけど、私としても早く話を付けるのは有難いからあちらの都合に合わせる。
明日の朝にアドネアの部下が確認に来るらしく、その者に言伝なり手紙なりを頼めば良いとの事なので了承する旨を書いた手紙を認めておくとしよう。
いつも通りの夜を過ごした翌日、食堂で朝食を摂って食後の紅茶を飲んでいると私の元に店主ともう一人の人物が近付いてくるのが見えた。
あれは確か、先日アドネアと共に来ていた従者の女性の方か。
店主に頭を上げた彼女は少し緊張した面持ちで私の傍まで来ると、そこでもまた軽く頭を下げてきた。
「リターニア様、おはようございます。朝早くから申し訳ありません」
「大丈夫ですよ、手紙にも書いてありましたし。それよりも、こちらこそわざわざ来て頂いてなんかすみませんね」
緊張を解いてあげる為にも、私も柔らかい態度で労う。
必要以上に遜る必要はないとけれど、彼女はどちらかというと私と同じ巻き込まれた側だ。
それでもこうして丁寧に応対してくれているのだから、有難い事だと思う。
「いえ、これも仕事ですから」
苦笑いを浮かべながら答える彼女に頷いて、返信の手紙を渡す。
「確かに預かりました。それでは、すぐに届けて参ります」
最後にもう一度頭を下げると彼女は来た時とは逆に軽い足取りで去っていった。
もしかしてだけど、私って警戒されてたのかな、、、
いや、まぁアドネアと話してた時はわざととは言え結構横柄な態度だったし、その前にはダゲッドに対してそこそこな威嚇もしてたからなぁ。
何だか自分で思い返しててやらかした感が今更沸いてきたんだけど、どうしたらいいんだろうか。
「ま、なるようになるでしょ、、、って信じたいわね」
声に出して自分に言い聞かせてみるけど、果たしてどうなる事やら。
兎にも角にも、全ては明日の会議で決まるだろう。
せめて今日1日は余計な事は考えずにのんびり過ごす事にしよう。