54 女傑の真意
組織対抗戦。
その聞きなれない言葉に私は首を傾げる。
元々は、ダゲッドに接触して直接話を聞こうと思っていたのだけど、その捜索中に彼が噂のアドネアと密会しようとしているのを知った私は、あわよくば二人から話を聞こうと思ってここに来た。
だけど、その話を聞いているうちに何やら思わぬ方向に事態は進み始めていた。
「組織対抗戦での勝者にお嬢さんを渡す。勿論、そう簡単に事が上手く訳が無いから、少しだけ手を回します」
「あの小娘がイヤでも参加する事になる様に仕向けるのだな」
「ええ。まぁ難しい事ではあません。何となれば、彼女は既に各組織の長と顔を合わせている。私はまだですけど、それこそ幾らでも理由を付けて接触できます。そうした上で、大々的に公表すればよいのです」
「成程な。我らとの顔合わせは身の振り方を見極める為であったと!」
これはマズい流れだ。
とは言え今ここで飛び出すわけにもいかない。
外様の私が何を言った所で、ここで彼らと顔を合わせてしまえば既成事実として話を広められて逃げ道が無くなる。
動き出しそうになる体を押さえつけて、意識だけを彼らに向ける。
「念には念を入れておきましょう。グウェイブ院長と話をします。聞けば、彼も少々彼女に興味を持っているそうでしてね。そこを突けば彼は協力者ではなくとも話自体には乗るでしょう」
「会合決議で3対2、条件も満たせるな。ならば、こちらで愚民共を焚き付けておくとするか。国外に逃げられては元も子もないし、町からも出すわけにいかんからな」
「ええ、具体的には、、、」
そこで二人は揃って歩き去った。
私はしばらく二人の気配を追い、遠ざかったのを確認してから急いで宿に戻った。
宿の自室に戻ると私はさっき見聞きした事の内容を改めて反芻した。
特に気になったのはやはり組織対抗戦という言葉。
察するに、この国の5大組織が何かしらで争う行事なのだろうけど、詳細は全く分からない。
だけど、それについてはそう遠くない内に分かるだろう。
(多分、明日には知る事になるかもね)
窓の外を眺めながら何となく予感する。
恐らくではあるけど、アドネアは今まさにグウェイブと話をしている事だろう。
正直、その内容を盗み見ようかとも考えたけど、私の予想通りであるなら彼女は間違いなく明日にでもここへと来るだろう。
その時にあまり余裕のある態度を見せると逆に怪しまれる可能性がある。
どこをどう突いてくるか分からない状況だし、あまりうまく立ち回り過ぎてはいけなくなったのは痛いけど、あちらが何をしようとしているのかだけでも知れたのは十分な収穫ではあった。
本音を言えばオーフェくらいには共有しておきたいけど、それを話すと私が独自に動いた事もバレてしまうので悩ましい所でもある。
などと色々考えてはみたものの、なる様にしかならないだろうと割と楽観的でもあるのもまた事実。
まずは明日、どう状況が動くか見てから考えよう。
翌日、宿の一階にある食堂で朝食後のお茶を飲んでいる時だった。
「お客様、失礼いたします」
申し訳なそうに声を掛けてきたのは宿の主人だった。
どうやら、こんな朝早くに私を訪ねてきた者が居るらしい。
まぁ、予想通りだと思いながら主人の案内で応接室へと向かう。
案内された部屋には3人の男女が待っていた。
ソファに座るのは例のアドネア氏、その背後に、若い男女が従者の様に控えていた。
私が向かいのソファに座ると、アドネア氏が口を開いた。
「朝早くに突然申し訳ありません。会って頂き感謝します」
「そうね、不躾だと言いたいところだけど、遅かれ早かれ来るだろうと思っていたから別にいいわ」
私の傲岸な態度に背後の2人が顔を顰める。
だけどアドネア氏は相変わらず柔らかく微笑んだままだ。
「まずは自己紹介を。私はアドネア・シューレーン・アンスリンテス、中央議会の会長の任を任されております」
「ただの観光客よ」
アドネアの名乗りに変わらず上から目線で返す。
それに反応する従者らしき2人も相変わらず鬼の如き形相で面白い。
「なんだか嫌われてしまっているようですねぇ。まぁダゲッドがやらかしたそうですし、仕方が無い事ではありますが、私に敵対する意思はありませんよ?」
「朝早くに押しかけて?それに貴女がダゲッドと懇意にしてるって話もあるのに?」
腹の内を見せない彼女に少しだけカマを掛けて反応を窺う。
しかし、やはり彼女は笑みを崩さないどころか、ピクリとも反応しない。
後ろの2人は以下略だ。
張り詰めた空気の中、アドネアは優雅な仕草で置かれていた紅茶を一口飲み、そこで初めてその表情を硬く引き締めた。
「ええ、その噂は本当よ。何なら、昨日も彼とは話をしているわ」
これには私が逆に虚を突かれてしまった。
そんな驚く私を尻目に、アドネアはさらに驚きの言葉を口にしたのだ。
「単刀直入に言いましょう。貴女にはダゲッドを失脚させる為に協力をしていただきたいのです」