53 秘密の逢瀬
宿を出るにあたって、事前に宿の主人には話を通しておいた。
まぁ、自衛の為にも動けるうちに動いておきたかったし、実際主人も深く立ち入ってる訳でもなかったから、結構すんなりと通してくれた。
とはいえ、ここはグウェイブ院長に紹介された場所でもあるし、万が一があれば彼らに迷惑が掛かってしまうのでその辺は理解しているとも伝えたし、それで納得してくれたのだろう。
そうして私は密かに街へと繰り出した。
当然ではあるけど、今の私は隠密魔法で姿を隠している。
しかしながら、ここは魔法の粋が集まる国だし、私自身も大きな力を使ってはいないから場合によっては見破られる可能性も考慮に入れてはいる。
その辺りの匙加減はなかなかに難しいもので、弱すぎれば見破られてしまうけど、逆に強くし過ぎてしまうとそれはそれで勘付かれるだろう。
何事も程々が一番とはよく言ったもので、こと魔法に関しては私は程々が一番難しいのだ。
嫌味に聞こえるかもしれないけど、それだけ私の有する魔力は桁違いだ。
全てが両極端に寄り、真ん中に合わせるなんて事はもはや至難の業になってしまっているし、特に最近は聖痕の封印を解いた事により余計に感覚がズレてきている。
(ホント、我ながら厄介な身の上になってるわね)
自分に嘆息しながらも、目的の場所目指して進み続ける。
その私の前にはユラユラ揺れる猫の尻尾。
使役魔法で意識共有したあの猫ちゃんに道案内してもらっているのだ。
そうして猫の尻尾に導かれてしばらくした所で私はようやく目的の人物の下に辿り着いた。
入り組んだ道を奥へと進み、さらに人一人がようやく通れるくらい狭い路地を抜けた先にその人物は落ち着かない様子で周囲を忙しなく見回していた。
私は物陰からその様子を窺いつつ、出て行く機を窺っていた。
そこに、
「お待たせしました」
柔和な女性の声が小さく、だけどハッキリと響いた。
「遅いぞ!この私を待たせるな、今がどういう状況か貴様も分かっているだろう!」
不機嫌を隠す事無く怒鳴るのはおなじみダゲッド氏である。
そして、その彼の下に現れたのは初老に入りかけた位の女性だ。
彼女はダゲッドの怒鳴り声にも動じることなく、柔らかく笑みを浮かべたまま口を開いた。
「はいはい、そう大声出さなくても聞こえますよ。しかし、それを言うならいいんですか?今接触するのは得策ではないかと」
「言われんでも分かっている!だが小癪にもローディアナにあの老いぼれもあの聖痕持ちに与しているのだ!お陰で迂闊に手出しが出来ん!故に貴様にもそろそろ動いてもらおう!」
相変わらず横暴で無礼な発言だけど、それでも女性は微塵も動じていない。
むしろ、その態度にまるで我が儘な子供でも見るような視線を向けている。
(おやおや、これはもしかしてもしかするのか?なんて冗談はさておいて)
2人の関係がどういったものかは当然知らないけれど、しかし今の短いやり取りだけでも何となく窺えるものもあった。
「そうね、中央議会としてもここ数年の膠着状態をどうにかしろという声はどんどん大きくなっているわ。でもねぇ、それとこれとは別の話でしょう?」
「下らん!いつの世も勝者こそが正義だ!なればこそどのような手段であろうと最後に立ってさえいれば良いのだ!」
ダゲッド氏の素晴らしいお言葉に私も堪らず頷いてしまう。
まぁそれも戦争であればの話だし、当然今は違う意味での争いの最中であり、ましてやそんなやり方で頂点に至っても誰も付いて来やしないだろうに。
「勝てば官軍、ですか。残念ながらその理論も今回ばかりは通用しませんよ」
対する女性は、しかしどこまでも冷静で、しかもあのダゲッド氏を窘めてすらいる。
端から話を盗み聞きしているだけでも、色々と興味が惹かれる。
「魔導教導院として例の女性を手にしたいのであるなら今回ばかりは清い手で勝たねばなりません。いつかの様に強引に事を進めてしまっては、今度こそ中央議会としても相応の対応をしなければなりません」
「む、むぅ、、、」
おお、あのダゲッド氏をまさか黙らせるとは。
しかも彼のやり口を熟知して、それを止めさせている。
一見すれば彼女は理性的に、冷静に事を俯瞰している様にも見える、、、一応は。
だけど、私の勘はそれ以上の何かを訴えている。
何せ、あのダゲッド氏と一対一で言葉を交わしているのだ。
そんな人物がまぁごく普通であるとも思えない。
「ですので、例のお嬢さんが自ら協力してくれるように仕向ければ良いでしょう」
女性の声色が明らかに変わった。
「ほう、策があるのか」
「ええ。難しい事ではありません。現状、この国が小さくない混乱に陥っているのは最早隠しようの無い事実。だからこそ、使える手があります」
彼女の言葉に、初めて明確な意思が宿った。
ダゲッドもそれに気付いたのか、黙ってその先を促した。
それに薄っすらと笑みを浮かべてその女性、中央議会議長アドネアは高らかに告げた。
「組織対抗戦。都合よく今年はその開催年。ならば、その景品を彼女にしてしまえばいいのです」
密会って、なんかいいよね。