42 アンスリンテスを継ぐ者
アンスリンテスの祖、魔導国の礎を築いたその人物の素性は、その活躍とは裏腹にほとんどが残されていないという。
僅かに残された、彼と交流のあった者達の残した所によると、彼は極度の人見知りで交友関係も本当に一握り。
その一握りが今の魔導国を支える5つの組織の長達の先祖だと言われてはいるが、実際にはそうではないらしい。
5つの組織の長は血族に引き継ぐのではなく、その時々の優秀な人物が継承してきており、当時から続く一族も時勢に合わせて職を変え、立場を変え、今では誰がその血を引くかすら分からないそうだ。
アンスリンテスの祖たる者の言い伝えは各組織そのものが引き継いでおり、それ故今も歪む事無く伝わっているのだそうだ。
そしてその中でも最も大きく、どの組織にも等しく敬意を払われる伝承がある。
「あの方は聖痕を宿す、選ばれし者でした。その力で魔王討伐を目指したフェオール王達に魔導具を授け、陰ながらに助力をしたと伝わっているのです」
グウェイブ院長が流れるように説明をしてくれる。
ちなみに、講義を邪魔しない様に私達の周囲に特殊な領域を展開して周りに声が聞こえない様にしている。
さらりと言ってはいるが、実際そうと感じさせない自然な魔法展開には目を瞠る物がある。
重ねた年齢がそれを為しえているのだと、1人密かに感心していた。
そんな私に、恐らくは解説に感心しているのだと勘違いした院長が一つ頷いて続ける。
「少々話が逸れましたな。ともかく、その様な流れを汲んでこの国の5つの組織の長は血族でこそ無いものの、その遺志を継いでいるという認識の下、代表者となった際にそれぞれアンスリンテスの名を継ぐ事がしきたりとなったのです。私も然り、貴女が会ったオーフェも然り。そして当然、後3人、同じ様に名を受け継いでいる物が居る訳です」
「アンスリンテスの名は、役職名でもあるという事ですね」
「その通り。かつてこそ、一族の者が受け継いできては居ましたが、彼等もまた名に囚われる事無く自由に生きました。しかし、この国の名となり、それだけではいけないと思った数代前の長達は話し合いの末、この様に名を継ぐ事を決めたのです」
これはまた面白い事ではある。
残念ながら、100年前のアンスリンテスについては私も知らない。
もしかすると失われた記憶の部分に何かあるのかもしれないけど、それを取り戻す術も無いし、取り戻そうとも思わない。
だけど、今の話を聞いて一つだけ気になる事がある。
それは聖痕だ。
聖痕は基本、同じ血を引く者に受け継がれていく。
だけど、それもまた絶対ではないらしい。
私が覚えている限りでも、血族にも拘らず聖痕が受け継がれず、全く関係の無い物に現れたという話も聞いた事がある。
そして今聞いた話。
それらを併せて考えるなら、アンスリンテスの血はどこかで繋がれてるか分からないし、或いは途絶えている可能性もある。
オーフェの血筋がどういう物かは分からないけど、この100年の間に聖痕がどう受け継がれたのかは気になる。
「彼が持っていた聖痕は、誰かに受け継がれたのでしょうか」
あえて問い掛けてみる事にした。
幸い、聖痕に纏わる事はある程度は一般に広まっている。
特に、この100年はフェオールの掲げた予言のお陰でより多くに知られる事となった。
まぁあれもある人物の欲望の果てであったのはあまり面白くは無い真実ではあるけれど。
「あの御方は直系の子孫は居りませんでした。代わりにそのご兄弟が子を残しており、さらにその子供に聖痕が現れたと聞いております。そして現在では、貴女も会ったオーフェが聖痕の継承者となっています。彼女の一族はアンスリンテスの血を引く者では無いそうなので、恐らくあの御方の血は絶えてしまったのでしょう」
少し悲し気に語る院長だが、オーフェについて語るその眼はまるで孫を愛しむかの様に細められていた。
そういえば、5つの組織の長は代々この学院の出身者だと言っていた。
なら、オーフェもここに通い、院長に世話をされたのだろう。
その後も話を聞けば、彼女は聖痕を自覚するより以前から優秀だったそうだ。
在学中に聖痕を持っていると知った時も、自身も周囲も大した変化もなかったらしい。
そこはやっぱり、国が違えば聖痕の扱いも違うのか。
羨ましいと思う反面、一歩間違えば大きな災いを招く事にもなるのでは、と思ってしまうのは自分のかつての境遇のせいだろうか。
「何と言いますか、聖痕を持ってる割には、かなり奔放と言うか」
「まぁ、あの子は特に変わっていましたからね。学院在籍中に聖痕がある事を知って、まぁそれからは自分を実験台に様々な魔導具の研究を始めましてな、私を含め講師達が何度となく止めに入ったものですよ」
フォフォフォと笑う院長だけど、それを聞かされた私としては奔放なんて可愛い言葉で表現したのは間違いだったと思ってしまった。
そして、そのオーフェのイカレっぷりが、まさか私に牙を向く事になるなんてこの時は露程にも思ってはいなかったのだった。
アンスリンテスもなかなか複雑な事情があるのですよ。その辺も今後明かす予定ではありますので〜