400 潰えぬ望みを胸に
聖痕の聖女 リターニア・グレイス
告白した当人よりもされた私の方が遥かに恥をかいたかのような雰囲気の中、魔導車はようやく目的地へと到着したらしい。
車が止まるや否や外へと飛び出す私と、無駄に満足げな何某さん。
名前も素性も知らないヤツだけど、そろそろ一発喰らわせてやってもいいかもしれない。
とりあえず気を取り直して・・・
私が連れてこられたのはガウルオムの西部、今はこの辺りだけがこの国の本来の姿を残している地らしい。
未だに正体不明の何某さんを先頭に、私と彼の従者が街の中を歩いていく。
亡国と言うからもっと荒れ果てているかと思ったけれど、意外と言うか街は綺麗に整い、道行く人達も生き生きとして見える。
そして何より、彼が歩く先々でその人々が道を開けて膝を突いて敬意を示すのだ。
それだけでも彼の身分や今の立ち場を察せられるけど、もうそれについては無視する事にした。
ただでさえ面倒な事になりかけているのに、この上厄介事なんて抱えたくも無い・・・まぁ、この手の願いはほぼ必ず叶わないのだけれどね。
市街を抜けた先には少し古風な感じの建物が並ぶ区画があった。
昔のフェオールで見たような貴族街なのだろうけど、この辺りはさっきまでとは打って変わって人気が無く、何なら建物も手入れされた様子の無い物が幾つも見受けられた。
「貧民街って言われた方がしっくり来る雰囲気ね・・・」
「その感想は正しいですよ」
無意識に言葉がこぼれていたらしい、だけど男は足を止めずにチラリとこちらを振り向き、何処か寂しげな笑みを浮かべた。
「この街はかつてガウルオムで最も栄えた地でした。多くの人が行き交い、富を得た貴族もたくさん居た・・・それこそ、王都よりもコチラの方が首都らしいとさえ言われていた程です。ですが・・・」
廃墟同然の街並みを、だけど彼はそれよりもさらに遠くを、何かを睨むように目を細めて視線を飛ばした。
「ユル絶死圏、あそこもまたかつては一つの国でした。アハガルズ宗教国・・・その名の通り、女神信仰を国教とし、この南方大陸に於いて最も苛烈に邪教神団と対立していた国が、ある日一夜にして滅び去ったのです。無論、その余波は周辺国全てに及び、どの国も少なくない被害を被った・・・我が国はその余波と、その後の混乱を凌ぎ切れず・・・」
国力の差というのは残酷だ。
生き残れた国はそれだけの力を持っていた、けれどそうではない国は淘汰されるしかないのだから。
そして、それは内政が故なのだ、怒りや悲しみ、やるせなさを他国にぶつける事すら出来ず、飲み込むしかない・・・彼の表情がそれを物語っている。
だけど、そんな事には私は興味は無いし関わる気も無い。
代わりに、彼の言葉で一つだけ気になる事があったからそれを確かめておきたい。
「国が一夜で滅んだなんて信じられないわね。ましてや、女神の聖域よりも広い国土なんでしょ?一体何があったの?」
彼が振り返り、私を見つめる・・・どうやら、今の質問こそが藪蛇だったらしい。
「それこそが、貴女様を招いた理由の一つです。詳しい話は屋敷で致しましょう」
・・・うん、いい加減この余計な一言を放つ癖を直したいわね。
彼の屋敷は貴族街の奥、恐らくはこの辺りの領主が住んでいたであろう一番大きな建物だった。
そこだけが周囲とは切り離された様に綺麗で、でも何て言うかこう、寧ろ時間に置いていかれたかのようにも見えた。
そんな屋敷の貴賓室に案内された私は、何某さんと二人きりで向かい合って席に着く。
「さて、今更ながらですが。私はリット・ガウルオム、お察しの通りこの亡国の王家の最後の生き残りです」
「・・・そう。他の者は誰も?」
「はい。父も母も兄も姉も、皆既に居りません」
正当な王家の血筋を持つ者・・・確かに、その正体を明かすのは簡単ではない。
彼が死ねば、この国は本当に終わってしまうのだ、彼が抱えるものの大きさは察して余りある。
「我が国が滅びに瀕した原因は主に3つあります。まず一つが先程の話にあったアハガルズ壊滅の余波。次がその後の混乱、これは今も続いています」
「・・・私、自分の察しの良さに嫌気が差すわ」
彼の苦笑いが私の考えを肯定している。
そう、この国の混乱というのが何なのか、私は気付いてしまったのだ。
理由は簡単で、そもそもそのアハガルズとやらは女神信仰を是としていた。
それはつまりマンベルと繋がりがあるという事であり、国名に宗教国とまで付いていた以上、アハガルズは事実上マンベルの一部とも呼べる。
そんな国が邪教神団と戦い、そして滅んだのだ。
それをマンベルが静観などするはずが無い、そんな事をしてしまえば女神信仰は地に墜ちてしまうのだから。
そして、壊滅したアハガルズはユル絶死圏と成り果て、邪神の領域と同等の地になった・・・つまり、そこは人と邪神の戦場ではなくなった。
では何処が次の生贄と選ばれたのか・・・
「流石は聖痕の聖女様だ。お気付きの通り、アハガルズと轡を並べ闘っていたマンベル、そして彼等と対峙していた邪教神団は他国よりも防備の薄くなったガウルオム国内で再び激突したのです。当然、その火種は国内各地に及び、疲弊していた我が国は瞬く間に戦火に飲まれていきました・・・」
正直、それに関してはマンベルにも非はある。
せめてガウルオムと連携していればまだ状況はマシだったかもしれないのに、余裕が無かったのもあるだろうけど、国と同等の組織である以上その思惑もまた複雑だ。
いくら巫女様が絶対的であろうと、人の腹の内は分からないものなのだから。
だけど・・・多分それだけじゃない。
ここまで来たらもう同じだ、ハッキリとさせておいた方が良いし、きっとそこに私も関わる事になるだろう。
「いいわ、大体分かった。つまり、3つ目の理由とやらはこの国が戦場となった原因で、恐らくこの国がここまでの状況に追い込まれる事になったのもそれが理由ね?」
「なんと・・・今の話でそこまで理解されるとは。そうです、あれこそが、マンベルと邪教神団よりもより喫緊で我等を脅かす存在なのです」
リットが一度席を立ち、棚に置かれていた魔導具を手に戻ってくる。
そしてその魔導具を起動させると、そこに記録されていた見た事も無い獣の姿が宙に映し出された。
「これがユル絶死圏より飛来し我が国を・・・私の家族を喰い殺した化け物」
「・・・聖痕獣です」




