398 拐かしの行く末
聖痕の聖女 リターニア・グレイス
「こんの、間抜け共がー!」
男の怒鳴り声が響き、それを前にした彼らがしょんぼりと項垂れる。
「いや、でもよぉアニキ。こうしてちゃあんと聖女様を」
「だーれが攫ってこいって言ったんだよ!思いっきり警戒されてんじゃねぇか!」
この部屋に連れられて早々、こんなやり取りが始まったのだけれど・・・
転移をした先で暴漢に襲われた私。
だけど、次に目を覚ました時には何故かドレスを着せられていて、それ以外に何かをされた様子は無かった。
不思議に思いながら体を起こすと、私が寝かされていた部屋はそれなりに上等な客室で、しかも部屋の隅にはメイドが控えていた。
そのメイドは私が起き上がった事に気付くと静かに部屋を後にし、少しして戻ってきた・・・新たな人物と共に。
メイドが連れてきた男はゆっくりとした足取りで私の側まで歩み寄ると、恭しく膝を突き、
「まずは謝罪を。貴女様に危害を加えるつもりは欠片も無い事を、我が名に誓いましょう」
うーん、いつか何処かで見たような状況だけど、まずは確かめないといけない事がある。
「・・・あの連中はアンタの手下?」
「はい。貴女様を丁重にお迎えするよう言い聞かせたのですが、まさかあんな近付き方をした挙句、眠り粉まで使うだなんて・・・」
妙に引っ掛かる物言いをする男だな、と感じてそれに突っ込んでみる事にする。
「まるで見ていたような物言いね」
「・・・申し訳ありません、故あって私は余り表立って動けないのです。ですので、通信魔導具で様子だけは見ていたのですが・・・」
終始真っ直ぐに私を見つめる男、その瞳にも言葉にも嘘は感じられない・・・だけど、真実も話してはいない。
いえ、この場合は真実を明かせない、と言った方が正しいだろうか。
とりあえず、今の言葉に対しての返事は細めた目で見据える事にする。
「やはり、貴女様には通用しませんか」
私の抱く疑念に気付いたのだろう、男は一度俯いて小さく息を吐くと顔を上げ、
「今はどうかご容赦を。貴女様の腕に嵌めた腕輪、聖痕の痕跡を断つ特殊な魔導具が何処まで効力を発揮するか分かりません。邪神とその一派による追跡を防ぐ為にも、今暫くは」
あぁ、何か変な感じのする腕輪を着けているなぁとは思ったけど、そういう事か。
まぁ、それは私としても願ったりな部分はあるから良しとしておこう・・・その気になればすぐにでも壊せるし。
そんなやり取りをした後、別室へと案内されて今に至るのだけど。
まぁ、あのあからさまなチンピラ3人組が叱られてるのはどうでも良いとして、私をここへと連れてきた男の口調がかなり変わってるのは果たしてどちらが本性なのだろう。
「ったく、もういい、お前らは仕事に戻れ」
半泣きの男達が部屋から出て行き、何とも言えない空気の残るこの場に私と男は2人きり。
「・・・ムードも何もあったもんじゃないわね」
無意識に口から溢れた言葉に、男がハッとしたようにこちらに振り返る。
「あっ、今のはですね、何と言いますか、そのっ」
何故か慌てて言い訳を始める男に、私は堪らず笑ってしまう。
「あーもう、何だか面白いヤツね。とりあえず、敵意が無いのは分かったから落ち着きなさい。それと、自己紹介ぐらいは欲しい所よね、私の事は知ってるみたいなんだし」
水を向けてみると、男はまたしてもバツの悪そうな表情を浮かべて考え込んでしまった。
「正体も明かせない?」
「申し訳ありません。間違っても貴女様には非などありません、これは私の問題でして・・・」
困った様な笑みを浮かべる男、その姿を改めて眺めてみる。
背は高く、顔立ちもかなりの美形。
体付きは一見細身だけど、明らかに鍛錬を積んだ者の動き方をしているし、筋肉もそれなりに付いている。
着ている服も地味ではあるけど、仕立て自体は上等だった名残も見受けられる・・・全く、どうしてこう厄介事ばかりはイヤでも寄り付いてくるのかしらね。
「アンタが何処ぞの国のやんごとなき身分の誰かさんとかどうでもいいけど、私を利用しようとなんてしないでね」
鎌掛けを兼ねた牽制をする・・・そんなに驚く事じゃないでしょうに、何て顔をしてるのよ。
「・・・何故、私の事を」
「似た様な事なら何度も経験してるわ。その悉くが私を、聖痕の聖女を利用しようとしてた・・・良し悪しはあれどね」
私の言葉に男の表情が曇る。
まぁ、いくら私がマンベルの巫女の予言に語られる存在だとしても赤の他人な事には変わりないのだし、そんな見ず知らずの誰かをいきなり頼りにするなんて、どうあれ私という存在を利用する以外に理由なんて・・・
「そうですね、でしたら単刀直入に申しましょう」
突然、男が吹っ切れた様にそう言い、突然私の前に跪いた。
そして、私の左手をそっと握るとまるで壊れ物を持つようにそっと持ち上げ、
「・・・我が妻となって欲しいのです。そして、共に祖国奪還を成し遂げて頂きたい!」
「・・・はっ?」
いきなりのプロポーズに、私の思考は見事なまでに停止してしまったのだった。




