39 標的
魔導開発局第一、それはこのアンスリンテス魔導国を語る上で必ず登場する組織の一つだ。
今や多くの国で、様々な種類の魔導具が当たり前の様に使われているが、その魔導具の研究開発を一手に担うのが今、オーフェと名乗った女が務める組織なのだ。
私も深く細かい事までは知らないけど、聞きかじった噂によると、この魔導開発局第一は主に新たな魔導具の開発をしているそうで、世にある魔導具の半分以上を開発し普及させた実績を持つ由緒ある組織だ。
目の前の女、オーフェとやらはそこの局長、この国でも屈指の偉い人間となる、、、のだけど。
「いやぁ、私の店を選ぶとはお目が高い!ここは私が開発した中で、世に出すにはちょっとアレな物を置いてるので、中身はともかく性能は保証できますよ!」
キラキラとした瞳で、左手で私の右腕をガッシリと掴んで店内の解説をするその姿に、威厳も何もあったもんじゃない。
おすすめなのか、色んな魔導具を手に取ってはどういう機能を持っていて、どういう用途で使うのかを細かく解説してくれている。
その様子はまるで玩具に目を輝かせる子供そのもの、或いははしゃぎ回る子犬かのようで、端から見ている分には微笑ましいのかもしれないけども、、、
「今私が力を入れているのがですね!」
聞いてもいないのにアレコレ話をしてくる。しかも逃がさんとばかりに腕を引っ掴んでいるのだから、巻き込まれた私としては有難迷惑でもある。
どうしたものかと、隠す事なく溜め息を吐き出そうとして、
「聖痕を探知する魔導具の開発なんですよ!」
「っ!?」
息を呑んでしまった。
何とか表情には出さずに済んだと思うけど、それでも口の端がヒクつくのを感じる。
取り繕って、よく分からないと言った顔で彼女の表情を窺う。
それに気付く事無く、
「実はですね、私!なんと聖痕を持っているのですよ!」
満面の笑みで口を大きく開くと、ンベっと舌を突き出す。
(ウソでしょ!?)
彼女の舌に聖痕が浮かび上がる、その寸での所で私は自分の聖痕に意識を向けて共鳴しない様に魔力を断ち切る。
オーフェは特に気にする事無く聖痕を見せ、舌を戻す。
「ね、スゴイでしょ!お陰で研究が捗って捗って!」
そのままの勢いでまたアレコレ話を続けるけど、私はそれどころではなかった。
心臓が早鐘を討ち、汗が一筋流れ落ちるのを妙にはっきりと感じる。
いきなり聖痕を持っている人物が現れたのもそうだし、それを見せようとしてきたのもそうだ。
彼女に悪気は無い、あくまで無邪気にジャレついているだけだ。
相手が普通の人ならそれでも構わない、だけど私が相手では話が変わる。
私が聖痕持ちだとバレると色々厄介だ、主に私が。
先のフェオールでの一件がまさにそう、偶然か或いは運命の悪戯か、聖痕持ち同士が出会い、その後色々厄介な事になったのは記憶に新しい。
ここでもまた厄介事に巻き込まれるのはゴメン被りたい、せっかくの観光なのだからのんびりしたいのだ。
1人気分良く話し続けるオーフェからそっと離れて店を出ようと一歩を踏み出し、
「ああん、何処に行くんですか!まだ色々見せたいものがあるんですよぅ!」
「もう、何なのよ一体!」
またしても捕まってしまう。
どうやら完全に標的にされてしまったようで、相変わらずその瞳は輝いている。
反対に私は、そろそろ我慢の限界を迎えそうだ。
「ホラ!これがさっき言った聖痕探知魔導具!これね、凄いんですよぉ!」
もう知ったこっちゃないと身体強化を掛けようとして、
「なんとですね、これを使うと例え聖痕が励起してない状態でも反応するんですよ!こんな風に、、、あれ?」
「、、、ウソでしょ、、、」
どういう理屈かも分からないし、反応の見方も知らない。
けれど、起動した魔導具は何かを指し示す様に2つの光を灯らせていた。
「、、、」
「、、、」
たっぷりと、何とも言えない沈黙が私と彼女の間に落ちる。
互いに相手の顔をまじまじと見つめ、出方を窺う。
そうして幾ばくかの時が流れ、、、
「ごめんなさい、、、」
「本当に分かってるの、アンタ?」
目の前には正座するオーフェ。
対する私は仁王立ちで腕を組み彼女を見下ろし、いや、もはや蔑みを込めて睨む。
魔導具で私が聖痕を持っている事がバレた直後、彼女の耳を引っ張って店の奥に引き摺ってった私はそこでたっぷりとお説教をくれてやった。
私の言葉を聞く度、オーフェはどんどん縮こまっていき、今では一回り程小さくなったようにすら感じる。
「何度も言うけどね、聖痕は見せびらかす物でもないし、暴く物でもないの。私だからまだお説教で済んでるけど、相手次第じゃその場で切られてもいい行いよ。好奇心で首を突っ込んだら死に直結、分かった!?」
「はいぃ、分かりました~、、、」
どうやらようやく理解できたようだし、私は面倒事が増える前に立ち去るとしましょう。
「あ、それはそれとして実験に協力してくれませんか!?」
前言撤回、コイツはダメかもしれない。
不穏なタイトルからの大した事ないオチでした