377 プロローグ・ディートリオン手記より
我が祖たるハルヴィル・ディートリオンより、代々受け継ぎし使命をここに残す。
今から遡る事300年ほど前、この世界は大きな災禍に見舞われた。
女神の聖域、今や邪神の領域と呼ばれる死の大地が天より堕ちたという。
当時の人々は、その世界の命運を賭けた戦いに身を投じ、ハルヴィルもまたそこに居たと言う。
その時目にした光景・・・堕ち行く大地を光が包み、その降着を緩やかなものとした・・・俄には信じ難いが、事実聖域はその時とほぼ変わらぬ形を維持しているのだ。
しかしながら、その後間も無く聖域は紅く染まり、調査に向かった者達は、力無き者は呆気無く死してしまい、力有る者は邪神の力によって魔なる存在、魔者へと変貌を遂げ人々に牙向く敵と成り果てた。
更に、獣や植物、人以外のあらゆる命もまた同様に魔なる獣、魔獣へと変貌し、今やそれらが支配する地まで増えているのだ。
邪神の復活。
マンベルの巫女によって世界に齎されたその事実に、しかしながら人々は立ち上がり、抵抗を続けた。
だが、残念ながら古より蔓延してきた負の念は人の弱い心を容易く絡め取った。
邪教神団。
邪神こそ世界を導く存在と仰ぎ、その加護を希う者達が現れたのだ。
今やその勢力は下手な小国よりも強大であり、しかし奴らは普段、我らと変わらぬ日々を過ごしている・・・その実態は未だに不明なのだ。
それに対し、マンベルの巫女主導によって広められたのが女神信仰。
世界を創造せし大いなる始まりの女神、その存在を信じ、邪神による世界の支配を阻止せんとする教え。
しかし、こちらも永き時が過ぎた今では都合良く利用され、本来の在り方が失われつつある。
全ては邪神によって世界に振り撒かれた穢れた魂の残滓が原因だ。
人はその心に必ず負の感情を抱いている。
邪神の残滓は、それをより強くし、人と人の不和を招いている。
無論、それで諦める程弱くは無いのもまた人だ。
私も、ハルヴィルのように気高くあろうと己を律し生きてきたつもりだ。
そして今、混迷を極める世界にあって、一筋の希望がマンベルの巫女より齎された。
聖痕の聖女・・・かつて女神の聖域にて存在したという偉大なる人物、その復活。
その数奇な運命はハルヴィルにより我が一族にも受け継がれている。
邪神によって産み出された魂、そして聖痕を与えられし一人の女性。
一度は邪神の復活を導き、取り込まれたかに思われたが、最後の最後に奇跡を起こした・・・そう、女神の聖域が被害を齎す事無く降着したのは彼女のお陰なのだ。
邪神の支配を退け帰還した彼女は、聖域を操り脱出する人々を救ったのだ・・・己を犠牲にして。
聖痕の聖女は、その最後の責務を果たさんとしたのか、邪神諸共聖域の陰に消えた。
誰もが助からぬと諦めた中、当時のフェオ―ルの王妃ミレイユ様は最後まで諦める事無く聖女を探し続けた。
救世同盟やマンベルの者達に協力を仰ぎ、世界中を探し続けた。
残念ながら、彼女の存命中に欠片も情報は得られなかったと聞くが、その志は子に孫に、そして今も受け継がれている。
・・・そう、300年の時を経て、遂に訪れたのだ。
マンベルの巫女に下った神々の言葉・・・聖痕の聖女が帰還する、と。
今、世界中が彼女を探して動いている。
その中には、己が欲望の為に聖女を利用しようと企む者や、邪教神団も聖女を亡き者にせんと動いていると聞く。
だからこそ、救世同盟やマンベルもまた相応の人員を動員して彼女を捜索している。
特に、フェオ―ルの双子の王子王女の話は連日届いている。
残念ながら、私は既に齢70を超え、出歩くこともままならぬ。
息子によると、孫が件の王子王女と連携して動いているというから、まぁ一安心ではある。
故に、私はこの手記を残し、後を託そうと思う。
どうか、この世界に光を。
聖女を見つけ出し、邪神を討ち倒す・・・言葉にすればこれだけだが、その道程は想像を絶する果てしなきものとなるだろう。
心に希望を。
魂に光を。
我が子らに女神の祝福があらん事を。




