361 それぞれの思い
そいつの言葉を合図に、他の奴らも私の側に集まり、同様に跪いて首を垂れる。
「、、、何の真似?」
「我らはメルダエグニティスの苦悩に気付く事が出来ませんでした。あの御方に注がれるべき愛情を、我らが奪ってしまった事に。故に、あの御方を孤独にせぬ様にと役目を願い出たのです」
魂が騒つく。
私を通して彼女が怒っているのを感じる、、、知った口を聞くなと。
何よりも、愛などと言うくだらない物を押し付けるなと。
だけど、その怒りを代弁しようと口を開いた瞬間、
『いつまでも、、、愛してるわ、、、』
捨てたつもりでいた過去の記憶が蘇る。
「なん、で、、、」
今更取り戻せやしないのに、今更求める事など出来ないのに、母が残した最後の言葉が優しく響く、、、いや、それだけじゃない。
絶望に囚われ、凶行に及んだ娘を目の当たりにして尚、母は見せたのだ、、、笑顔を。
「、、、有り得ない」
そんなものは幻想でしかない。
もしもあの記憶を受け入れてしまえば、今日までの私は、、、その全てが本当に無意味に成り果てる。
それだけは許せない。
それだけは赦されない。
「そう、そんな事はユルセナイわよねぇ」
彼女の声が響く。
その瞬間、全ての迷いが消え失せる。
「、、、フフ」
ああ、コイツらのクソみたいに綺麗な魂、それを穢す方法を思い付いてしまった。
いえ、色々と小難しく考え過ぎてその事を失念していた。
「ねぇ、本当に悪いと思ってる?」
私に話し掛けてきたヤツに問いながらゆっくりと近付く。
「無論で御座います。その贖罪の為にと我らは今日まで生き恥を晒し続けてきました」
生き恥、、、良い言葉だ。
なら、さらに上塗りしてもらいましょう。
「嬉しいわ、彼女もさぞ喜ぶわよ」
そう優しく声を掛け、そっとその額に右手の指を宛てがう。
「っ!其方、何を!?」
私の思惑に気付いたネイが止めようと動き、それよりも更に先に動いていたスコーネによって阻まれる。
「これは、、、」
「メルダエグニティスからの贈り物よ。遠慮無く受け取りなさい」
胸の聖痕が紅く輝き、その光が指先から目の前の者へと伝わる、、、そして。
「なっ、、、これ、は、、、うぐっ、、、オゴッ!?」
喉の潰れた様な呻き声と共にソイツが倒れ伏し、全身を痙攣させる。
「何と言う事を!」
「貴女のせいよ?私をこんな所に連れて来て、こんな連中に引き合わせたのだから、、、メルダエグニティスの怒りを知りなさい」
スコーネと交戦しながらも私を止めようと叫ぶネイだけど、もう手遅れだ。
目の前の人だったモノは既に人の形を失い始めた。
手足からは鋭い爪が伸び、その顔は醜く崩れて口元から牙が生え伸びる。
その体躯も膨れ上がって倍以上へとなってしまった。
「一体何をした!それは魔物化などでは無い、、、いや、違う。何故、真なる魔物になど!」
スコーネに抑え込まれながらも尚喚くネイだけど、流石、神だけあってこの変化に気が付いたようだ。
そう、コイツらは穢れ無き魂を持つ存在だ。
だけど、忘れてはいないだろうか、、、ここに、この世の穢れの全てを担う存在が居る事を。
「懐かしいでしょ?本当の魔物を見るのは。そうよね、ここに居る魔物なんて、所詮は獣の成れの果て程度。だけど、これは違う。神より賜りし穢れを以てその魂までもが醜く腐り落ちた存在、それこそが魔物。あら、それじゃあ私も魔物だったって事じゃない」
自分の言葉に堪らず自嘲してしまう。
そうだ、今居る仮初の世界を蹂躙していた魔王は、結局ただの魔物でしか無かった。
なら、最後までらしく振る舞わないと。
「そぅら、他の連中にもあげるわよ!メルダエグニティスの望むがままに、世界を犯しなさい!」
胸の聖痕から紅い光が幾重も放たれ、私の周りに集まっていたゴミ共を次々貫いていく。
そうして残りの奴らも魔物へと変貌していき、咆哮を上げていく。
「何故じゃ、、、こんな、筈では、、、」
遂にネイが膝を突いて今の状況に嘆きを漏らす。
「お前は昔から考えが甘いのよ。だから言ったじゃない、、、人共に関わるなって」
私の言葉にネイが目を見張る。
「、、、メルダエグニティス」
「結局最後まで気付かなかったわね、私はいつでも出てこれたって言うのに。どうせ、私だけを引き剥がしてこの人形を救おうって魂胆だったんでしょ?シゲルムまで目覚めさせて。でも残念、誘い込まれたのはお前だったの。私がコイツらの事を知らない訳無いじゃない。どんなに汚れた水に一滴綺麗な水を入れても汚れたまま。だけど、綺麗過ぎる水に一滴でも汚れを滴らせば、それはもう穢れた水なのよ」
そう、だからコイツらは、メルダエグニティスからすれば最も魔物へと変貌させ易い存在だったのだ。
そして、彼らから力を得ていたネイはその反動を最も大きく受けてしまう、、、今の彼女は、もう無力に等しい。
「そうか、、、妾は、また失敗したのか」
「安心して、もう大丈夫よ」
項垂れるネイを優しく抱きしめ、耳元で囁く、、、そして、
「私の一部になりなさい」
右手で胸を貫き、鼓動を刻む何かを引き摺り出した。