352 血風
強烈な炎と雷に降り注ぎ、それらを障壁で防ぎながらお返しとばかりに氷の槍を大量に放つ。
その槍を躱しすらせず、左手から放った炎で溶かし尽くす。
「流石は神様、この世の法則なんてまるでお構い無しね」
「そういう其方こそ、それ程の魔力を手繰るのに一切の淀みが無い。その才は天賦の物であろうに」
互いに称賛なのか嫌味なのか分からない言葉を放つ。
ただ、本音を言うと私はかなり神経を研ぎ澄ませていてあまり余裕が無い。
(信じられないわね。私は全部の聖痕を全開にしてるのに、それでも届かない)
対等とまでは行かなくとも、それなりに良い勝負が出来ると思っていたけど、現実はそこまで甘くは無いらしい。
だけど、それを覆す手はまだある。
わざわざ魂を見せ付けてあげたのだ、あれでネイは私の力を測れただろう。
後は、
(何としてでも隙を作る、、、そうすれば)
僅かで良い、ネイの気が逸れてくれれば、後はどうにでもなる。
途切れる事無く放たれる魔法を捌きながら反撃をし、その時を待つ。
そしてそれは、
「中々に粘る。だが、これにて仕舞いに、、、っ!?」
「リターニア様ー!」
私の予想を超える形で唐突に訪れた。
私にだけ意識を向けていたからか、突然空から降ってきたフェアレーターの蹴りを真正面から受け止める形になったネイ。
そのまま大きく跳び離れたフェアレーターに視線を向けてしまい、
「愚か者めが!」
直後に同じく飛来してきたスコーネの振り下ろした拳によって大きく体勢を崩す。
それでも尚、膝すら付かないのは大したものではあるけれど、その代償は高く付く。
フェアレーターが来た時点でスコーネの気配も察知した私は即座に駆け出し、そのまま皇都を覆う結界を破壊する。
大きく後退した結界は、だけどネイがすぐ近くに居るからかすぐに元に戻ろうと拡張し始める。
けれど、それを押し留める為に私は更に魔力を放出し、領域を皇都全体にまで一気に拡げる。
「何をっ、ぐぅっ!」
「余所見をするでないわ!貴様の相手は我と!」
「私ですよぉー!」
私を追おうとしたネイだけど、それをスコーネとフェアレーターが阻む。
その隙に私は皇都へと突入、その中心へと一気に辿り着くと、
「神様に庇護された魂、私が喰らう!」
胸の聖痕を最大にして紅く染まる地面に両手を叩き付ける。
途端、紅い茨が無数に伸び、手当たり次第に人々を貫いていく。
その先から、一気に大量の魂が私へと流れ込んでくる。
「有象無象とは言え、ネイの領域で生き続けた連中だけあって悪くないわね。ほぅら、もっと寄越しなさい!」
魂を取り込むにつれ、紅い茨はその数を増し、更に多くの人を刺し貫いていく。
そして遂に、皇王の宮殿に張られていた障壁さえも破壊し、その中に隠れていた連中をも容赦無く穿っていく。
ネイの御付きをやってた連中はより魂が強いようで、それを取り込む度に私の魔力が段違いに膨れ上がっていく。
「やめろおおおおお!!!」
そんな私の背後から、必死の叫びと共にネイが駆けてくる。
だけど、もう手遅れだ。
「ふぅ、、、遅かったわね。もうここには誰も居ないわ」
ここにどれだけの人が避難していたかは知らないけれど、想像よりも多くの魂を取り込む事が出来た。
お陰で、怒りと悲しみによって魔力を溢れさせるネイを前にしても何も感じないどころか、
「意外ね。神様ってもっと遠い存在だと思っていたのに」
あれだけ遠いと思っていたネイとの差が、今ではほぼ同じ程にまでなっている。
思わず首を傾げる私の隣にスコーネが舞い降り、
「当然じゃ。神の力は人々の信仰による。その源が絶たれれば、アレもまた弱体化するのは必然よ」
私の疑問に答えを出してくれた。
そうなると、気になる事もまた浮かんでくる。
「ん?それだと、私のこの力も邪神を信仰する連中が居るお陰って事?」
「然もありなん。忘れたか?メルダエグニティスは魂の循環を司っておった。謂わば、全ての命の母たる存在。となれば、全ての命は邪神を讃える事となる、、、何せ、命に感謝する事を忘れぬからな、カカカ!」
成程、これもまた策の一つだとすれば、本当に恐ろしい程に頭が切れる存在だ。
お陰で、最早目の前の神もただの敵に成り下がった。
「何と言う事を、、、魂を喰らう事を忌むべきと分かっての所業か!」
「何を今更。巫女や幻獣ですら既に喰らったのよ?ただの人程度で私が臆するとでも?」
「、、、それだけではない。其方の魂では、あれだけの数を受け止め切れる訳が、、、いや、まさか」
そう、その勘違いこそ私の狙い通りなのだ。
ネイは私の限界を見誤り、この事態を予測していなかった。
もしもこれが見抜かれていたら、彼女は何よりも結界の維持と強化を優先し、私はここに至れなかった、、、私の魂は既に、邪神のそれと同じ状態へと成り果てているというのに。
「さ、続きをしましょう。但し、ここで私に勝てるのなら、ね」
軽く魔力を放出するだけで、大地が紅い光で染まる。
それは周囲の建物を腐食させ、草花を枯れさせ、空気を濁らせていく。
そして、
「、、、オセリエは死んだ。だが、まだ終わりではないぞ」
不利を悟ったネイは静かに捨て台詞を残し、転移で去っていった。