350 真なる神
小柄な体躯の皇王ネイ、そして成人女性の姿をした盟主ネイ。
その二人が私の前で睨み合う、、、いや、私を無視して仲間割れとか正気なのだろうか。
「勘違いするでない。我らは元より一つの存在、それを此奴は都合良く解釈し、己が望みを果たさんとした、、、それこそが過ちだと分かっていながらな」
盟主ネイが棘のある言葉で皇王ネイを糾弾する。
その皇王ネイも何かを語ろうと口は開くのだけど、言葉を発する前に閉ざしてしまう、、、盟主ネイの言葉が真実だと分かっているから、それを否定出来ないのだろう。
もしも否定してしまえば、それこそ私との決定的な決裂が訪れると思っているのだろうか、、、だとしたら、余りにも愚かでしかない。
「、、、我は、最後まで諦めぬぞ。愛し子よ、今ならばまだ、、、」
「手遅れよ。分かっているでしょ?既に多くを殺した、そしてマンベルの巫女をもこの手で。これが私の役目、だから封印も解く。邪神の、もう一人の私の」
私の言葉に、皇王ネイは目を見開いて唇を震わせる。
彼女の差し伸べた手を私自らが振り払ったのだ、彼女にはとても受け入れ難い現実だろう。
だけど、隣に佇む盟主ネイは静かに私を見つめていて、その瞳には何かの決意が宿っているように見える。
「、、、嫌な目ね」
「、、、であろうよ。我は既に己が成すべきを覚悟しておるからな。あとは其方のみぞ、、、邪神の封印だけは守らねば、我らが兄弟姉妹の献身は無と帰すのだぞ」
彼女の言葉に私は清々しい程の吐き気を覚えてしまう、、、何せ、この神様ですら下らない感情に突き動かされているのだから。
、、、だから、それを突き付けずにはいられない。
「美しい兄弟愛ね。そんなに大事なら、同じ所は行けばいいのよ」
「っ、、、」
言葉に詰まる盟主ネイ、その顔を見れば効果は覿面だという事は言うまでも無い。
結局、役目だ何だと嘯いた所でこいつらも愛などで繋がる関係を求めているに過ぎないのだ。
だから、その繋がりを保つ為に邪神の封印を守ろうとしている、、、その邪神だって彼女達の輪に居た筈なのに。
ああ、だから邪神はもう一人の私なんだ。
愛を求めて、それでも得られなかった可哀想な存在、、、そんな者が目の前で延々と愛を見せつけられたらどうなるか、思い知らせないと。
抑えられない衝動に突き動かされ、魔力が溢れ出す。
それに反応して胸の聖痕がより濃い紅を放ち、周囲を焼き尽くさんとする、、、だけど。
「、、、そうか。故に、記憶を求めるのだったな」
盟主ネイが小さく呟き、傍らの皇王ネイに手を差し出す。
「我が半身よ、悩んでいる暇はないぞ。愛し子は最早止められぬ、、、最後の手段以外ではな」
「それは、、、いや、そうか、、、邪神の支配から解き放つには、やはり記憶を、、、」
僅かに逡巡を見せた皇王ネイだけど、何かの覚悟を決めたのか顔を上げると盟主ネイの手を取り、二人の間で魔力とは違う何かが通い始める。
「あの二人、一体何を?」
止めようにも、結界の向こう側では手の出しようが無く、ましてや力尽くでどうにかも出来ない状況で、ただ静観するしかない。
だけど、これから起こる事を見てみたいと思う自分も居て、何とも複雑な心境だ。
「、、、元に戻るのじゃな。気を付けい、真なる神が顕現するぞ」
スコーネの声が聞こえ、それに釣られて二人のネイへと目を向ける。
その視線の先で、二人の体が光に包まれ一つに溶け合っていく、、、そして。
不快な光がゆっくりと納まっていき、視界も徐々に効くようになる。
そうして目が慣れ、ようやくその姿を見る事が出来た、、、
「、、、これが、本当のネイ」
外見こそ盟主ネイとほぼ変わりは無い、だけどその身に纏う衣は一切の穢れを寄せ付けぬ純白、そして至る所に浮かび上がる謎の紋様と、まさに神々しいと呼ぶに相応しく、そして何とも、、、忌々しい。
目を伏せていたネイの瞼がゆっくりと開かれ、透き通る青色の瞳が私を射抜く。
「これが本来の妾である、、、本当ならば、この姿に戻りたくは無かった。だが、愛し子の為ならば、妾は躊躇わぬ」
静かな声、だけど信じられない事にそれだけで私は彼女に対して畏怖の感情を抱いたのだ。
そしてそれは隣のスコーネも同じ様で、その目は鋭く細められ、牙を剝き出しにしていた。
フェアレーターに至っては耐え切れなかったのか、少し離れた所で気を失って倒れている始末、まぁこればかりは仕方が無い。
「これは確かに、舐めて掛かっちゃいけない相手ね」
己を奮い立たせる為に軽口を吐き出すけど、それでも内心の畏れは隠せない。
「一先ず、其方らをこの地より追い出さねばならぬ。その不快な紅も消し去る」
構えも、魔力も、一切が無かった。
ネイの一言で、目の前の結界が爆発したかのように膨れ上がり、私達を弾き飛ばす。
ほんの一瞬だけ意識が飛び、だけどすぐに覚醒して状況を確かめる。
「、、、振り出しって事?いいじゃない、やってやるわよ」
偶然か意図してか、大陸の北端であるかつての故郷にまで飛ばされていた。
ただ、スコーネとフェアレーターの姿が見当たらず、大地を穢していた紅い領域も押し戻されている。
それでも、私の意志は変わらない。
それを見せつけるように、私は足を踏み出した。