345 そして再び始まる
疲労困憊のネイ達を捨て置き、私はスコーネに指示を出して大陸の北部へと移動した。
オセリエ伝統皇国が統べる東大陸北部、そのさらに北端には未だに過去の残滓が取り残されている。
そここそがかつての私、リサ・ダエーグが生を受け、魔王として世界に反旗を翻した全ての始まりの地。
今となっては僅かながらの建物の残骸が残るそこには、他にもあるものが残されている。
「まさかアレが功を奏する事になるなんてね」
空からそれを見下ろしながら、胸の聖痕に魔力を流し込んでいく。
結界の外からでさえも確認する事が出来る地面、そこにあるのはかつて私が放った魔法により染め上げられた染み。
但し、前に来た時は漆黒だったそれは、今はまるで血の如き紅に変色し、私の聖痕が放つ魔力に反応して光を放ちつつあった。
そう、これこそスコーネの一撃が結界とぶつかり合った時に気付いたもの、、、結界を破る希望だ。
地面に刻み込まれた染みは百年以上を経ても尚私の魔力を有しており、私の目覚めに合わせてその性質すらも変化させた。
要は、これまでは眠っていた様な状態だった物が私と共に目覚めたのだ。
そして、それこそがこの厄介な結界を打ち破る一手となる。
「さぁ、少し本気を出すわよ」
七つの聖痕も励起させ、増幅された魔力を全て胸の聖痕へと集約し、そこから更に結界の中にある紅い染みへと転移させる。
本来なら不可能な手段だけど、あれは私の一部であり、今の状態でならこうして繋げる事も容易い。
大量の魔力を流し込まれた染みはより強く光を放ち始め、夜に沈んでいく大地を紅く照らしていく。
「む、急げ。ネイの奴が気付きよったぞ」
スコーネの忠告通り、二つの気配が急速に此方へと近付いてくる。
だけど、急ぐまでも無くもう遅い。
「砕け散れ」
私の言葉と共に地面が眩い光を放ち、その中から紅い閃光が結界目掛けて奔る。
それが結界に触れると、弾かれた光は乱反射を起こして分散、大陸中に降り注いで触れる物全てを破壊していく。
爆発も無く、燃え上がる事も無い、ただただ静かな破壊が結界の内側で巻き起こり、終わりを齎していく、、、そして。
恐らく、東大陸で唯一無傷であろう地に降り立ち、景色を見渡す。
かつての故郷はまるで時が止まったかのように静寂に満ち、だけど一つだけ大きな変化が訪れた。
一部だけだったはずの紅い染みは、今や辺り一帯に広がり、まるで絨毯でも敷いたかのような光景に様変わりした。
「何だかここに居ると心地良いですよぉ~」
「うむ、完全に我らの領域と化したな」
まるで温泉にでも浸かっているかのような表情で地面に寝転がる二人を置いて、私はある場所へと足を向ける。
かつての町、その一角にかつてあった一軒の家、、、それこそが私の始まりの場所だった。
そんな因縁の地からまたしても始まるのだ、、、全てを終わらせる旅が。
さっきの一撃で結界は破壊された、けれど小癪にもネイは再び結界を張ったのだ、それも私の力によって浸食されたこの北に地を除いて。
結界を再展開出来た事にも驚いたけど、恐らく今の状況は意図したものではないだろう事も推測できる。
恐らく、この辺り一帯が私の領域と化した事でネイの力が及ばなくなったのだ、その証拠に地面に色の境目と結界の境目が丁度同じなのだ。
どうやって結界を張り直したかはともかく、やるべき事は単純だ。
「この領域を拡げていけば、あの結界も押し返されて縮小していく、、、既に種は撒いたしね」
結界を破壊する際に大陸中に私の力が降り注いだのだ、そこへさっきと同じように魔力を流し込み、励起させてやればすぐにでも大地は紅く染まるだろう。
問題があるとすれば、それを妨害する輩が必ず現れるだろうという事くらいか。
まぁ、既に東大陸はネイの領域とも呼べない状態だ、それこそネイ自身が出てこない限りは簡単に蹴散らせるだろう。
「では行くか。目指すは南で良いのじゃな?」
「ええ。エオール南端の岬、そこから聖域に転移する何かがあるわ。そこを抑えれば私の勝ち、向こうの勝利条件は、、、何かしら、私を殺したら?」
「そんな事させませんよぉ!神だろうが何だろうが私が引き裂いてやりますぅ!」
こちらには頼もしい幻獣と可愛いペットが居るのだ、臆する理由など無い。
手始めに目の前の境界線まで近付き、地面に手を突いて魔力を流し込む。
すると、足元の紅い地面が輝き、それが結界を潜り抜けて向こう側へと伝わり広がっていく。
地面の色が少しづつ紅く変色していき、それにつれて結界が軋みを上げて抵抗をし始める。
やがてそれは地面を微かに震せ始め、少しづつ体で感じられる程にまで強く大きくなっていく。
その果てに、私の力と結界の競り合いは私へと天秤が傾いていき、境界が少しづつ押し退けられていくのが見え始める。
「粘るわね、、、でも、終わりよ」
トドメと言わんばかりに一息に大量の魔力を流し込むと、大きな揺れと共に結界が彼方へと弾ける様に遠ざかり、大地が私の紅へと完全に変色した。
「要領は得たわ。向こうもこれで本格的に抵抗をしてくるでしょうね」
まぁ、例え何が来ようと最早私を止める事など出来はしないのだ。
だから、私は足を踏み出し前へ進む。
それは、かつての私が魔王としての一歩を踏み出した時、或いは転生して聖痕の聖女と呼ばれその責務から逃げ出した時、そのどちらとも似ていて思わず笑ってしまう程にありふれた旅立ちだった。