343 エピローグ・紅に染まる
人気が、生気が失せた町を眺める。
火の手は燃える物を全て焼き尽くして自然と消え、動くものは一つとして残っていない。
町の人々も、フェアレーターによって操られた愚図共も、皆等しく終わりを迎えた、、、いいえ、誰よりも終わりを迎えたのは、私だ。
多くの人を殺し、教導者を殺し、果ては巫女をも殺した。
それだけではない、これからもっと多くの命を奪う事になるのだ、今更感慨に耽るなど意味が無い。
念の為、スコーネとフェアレーターに生き残りが居ないか確かめさせているけど、本音を言うと一人になる時間が欲しかった。
巫女が最後に残した言葉、、、あんな下らない一言が、何故か胸に痞えたまま抜けずに残っているのだ。
「、、、ホント、下らない」
あの言葉にも、それに囚われている私も、この世界も何もかもが下らない。
だから、壊す。
だから、終わらせる。
だけど、その前に確かめないといけない事がある。
私から抜け落ちた記憶。
誰かが言った、それは奪われた、だから取り戻す必要があると。
誰かが言った、それは忌むべき、だから忘れ去ったままでいいと。
矛盾しているようで、だけどそれは見方の問題だ。
片方は敵、片方は味方。
どちらがそうなのかは分からないけれど、だからこそ巫女の言葉が今も残っているのだ。
彼女は思い出す事を望んではいなかったけれど、最後にはそれを覆したのだ。
そこにどんな意味があったのか、どんな思いが込められていたのか、彼女は恐らく敢えて語らなかった。
だけど、それでも最後に言葉を残した、その意味とは何のだろうか。
或いは、彼女の魂を取り込んだ事で私にも何か変化が生じたのかも知れない。
既に前例がある以上、有り得ないとは言えない。
例えそうだとしても、そもそも私は記憶を取り戻す為に故郷へと向かったのだ。
今なら、それを取り戻す力もある。
そこに立ちはだかる障害も、打ち倒す事も出来る。
「、、、行きましょう。もう一度、あの場所へ」
決意、覚悟、、、或いは決別。
それを胸に秘め、私は足を踏み出す。
不思議に思う事がある。
この世界の空には光り輝く何かがあり、何時しかそれは太陽と呼ばれる様になった。
異国の地より現れた旅人がそう呟き、いつの間にか定着したと学んだ覚えがあるけれど、まぁそれはどうでもいい。
普段、私達が見上げる空は青い。
その理由もよく分からないけれど、この空も太陽の動きでその色彩を変化させるのだ。
今まさに、空は澄んだ青から燃えるような紅へと変化していた。
太陽が彼方に沈むほんの僅かな時間だけ空はこうして紅く染まり、ややあって夜の闇へと沈む。
以前は大して気にはならなかったのだけど、今は何故かその紅が無性に心地良い。
この後に訪れる夜闇もまた良いものではあるけれど、その直前に見える紅には心が奪われるのだ。
「、、、まるで今の私と同じね。紅から闇へと落ちる、その狭間に揺蕩う儚い存在」
私はいずれ闇へと消える、、、それが記憶を取り戻した時なのか、邪神の魂を解放した時なのか、、、まぁ、それもまたどうでもいい。
「待たせたの」
ひらりと舞い降りたスコーネが崖に腰掛けた私の横に立って同じ様に紅い空を見つめる。
「なんじゃ、何を黄昏ておる」
「何?黄昏るって」
「ん、そうか。古臭い言い回しじゃよ。かつて異郷より現れし者がこの空を指してそう呟いたそうでの、以来それはこの紅い空の事を指して呼ばれる様になったんじゃと」
異郷の地。
こことは違う場所、それが何なのかは誰も気にした事が無かったけど、今なら分かる気がする。
あのフィルニスのように、異世界からやってきた者が居たのだろう。
それがどんな目的なのか、何者によってなのか、私には関係も無いし興味も無い。
ただ、こうしてみるとそういう存在が確かに居て、世界に少なくない影響を与えているのもまた確かで、何とも不思議なものではある。
「リターニア様!ここにはもうだーれも居ませんよー!」
いつの間にか戻って来ていたフェアレーターが私の腕にしがみ付きながら報告する。
その頭を撫でながら、闇に沈み始めた空を一瞥する。
次に夜明けを見る時、私は果たしてどうなっているか、、、
「、、、行きましょうか」
僅かな未練を断ち切るように声を上げ、立ち上がる。
それを合図にスコーネが人から巨大なトカゲへと戻っていく。
「カカカ!いよいよか!手始めは、未だ残る神、ワルオセルネイを屠るところからかのう!」
「へぇ、神様ってまだ居るんですねぇ、、、早くその心臓をぶち抜いてやりたいなぁ」
意気込む二人を余所に、私はただ静かに目を伏せ、これまでを思い返す。
その思い出に別れを告げ、最後の旅へと向かう。
全てから目を背け、逃げ続けていた愚かで哀れな小娘とはここでお別れだ。
目を開け、夜へと沈んだ空を見上げて笑みを浮かべる。
「、、、さようなら」
小さく呟き、それきり。
スコーネの背にフェアレーターと共に飛び乗り、巨大な翼が空を切り裂いて空へと舞い上がる。
向かうは東、かつての我が故郷にして世界を守護する最後の砦。
そこで、全てが終わりを迎えるのだ。