341 終わりを告げる嘲笑
巫女の弓から三本の矢が同時に放たれる。
それはそれぞれが別の方へと飛んでいき、途中で軌道を変えて私を囲む様に加速していく。
正面から来る矢を鎌で切り払い、右から来る矢は体を捻って躱し、ほぼ同時に来ていた左の矢は魔力を纏った右足で蹴って軌道を逸らす。
「貴女の本気はこの程度?」
「いいえ、まだまだです!」
足で逸らされた矢が大きく弧を描きながら向きを変え、再び私目掛けて飛んでくる。
その隙に巫女が更に五本、矢を放って追撃を仕掛けてくる。
端から見れば私の窮地なのだろうけど、
(アラアラ、可愛いお馬さんはもう息切れ?足が止まってるわよ?)
「っ!」
矢を捌きながらわざとらしく考えてやると、自身でも気付いていなかったのか動揺を見せる巫女。
自律しているはずの白馬が足を止めて棒立ちしている、それがどういう事なのかと言うと、巫女がこれまでしていた複数の事を同時に思考し、実行するという動作が出来なくなったという事に他ならない。
始めこそ、あの白馬は自律した行動をしながらも巫女の意思をも受けて複雑な動きをしていた。
そこに私への攻撃も加わえて、それでも尚どちらも澱みが無かった。
だけど、時間が経つに連れてそのどちらにも鈍りが見え始めた。
特に顕著だったのが白馬の動きで、自律しているにも関わらず、明らかに次の動きへ移行するのが遅くなり始めたのだ。
神々の意思の祝福である以上、魔力切れなどは起こらない。
であれば、あれは巫女が無意識の内に白馬へ足を止めるように指示を出しているという事なのだ。
彼女の矢の攻撃も当初よりも精彩を欠き、始めのうちは狙撃と呼ぶに相応しい精度だったのに、今では逃げ道を塞ぐように複数の矢を放つのだ。
結果、今度はその矢の制御に意識を割く事になり、そうなると自身の動きにまで気が払えなくなり、姿勢を安定させる為に馬の動きをも停止させざるを得なくなったのだろう。
即ち、彼女は肉体的よりも脳の疲労が大きく、既にそれは無視出来ない段階にまで至りつつあるという事だ。
このまま自滅するのを待っても良いのだけど、それではあまり面白みが無いし、何よりも、
(神々に愛された巫女の魂って、どんな味なのかしらね?)
「っ!私をも取り込むというのですか!?」
高潔な巫女のその魂、それが絶望に沈み、昏い闇に落ちた時、それはどれだけ極上の味付けとなるのか、今の私はそれが楽しみで仕方が無いのだ、、、そして。
離れた所に居たフェアレーターの気配が急速にこちらへと近付いてくる。
それはつまり、彼女の方の戦いは決着が付いたという事であり、私にとってもまた、非常に心躍る展開へとなったという事だ。
巫女もあの子の気配に気付いたのだろう、その表情が強張るのが見える。
「くっ、そうはさせません!」
決死の覚悟を決めたのか、白馬が嘶きながら走り出し、同時に複数の矢を弓に番える。
その途端、苦痛に顔を歪める巫女。
恐らくは相当な負担が頭痛となって彼女を襲っているのだろう、それでも真っ直ぐに私を見据え、決着を付けようとしているのだ。
余りにも感動的な姿に私は笑みを浮かべ、
「自滅されちゃあ困るのよ。それもまた狙いなのだろうけど」
胸の聖痕に魔力を送り、増幅されたそれが紅い光となって辺りを照らす。
その光に手繰り寄せられ、フェアレーターが転移で私の下へと戻った来る。
「うわわ!いきなりなんですか!って、リターニア様!」
「フェアレーター、巫女の思考を掻き乱しなさい」
突然の事に目を白黒させていたフェアレーターだけど、私の指示に即座に反応して巫女へと意識を向ける。
「無理矢理干渉してきている!?これではっ、、、」
この子がどんな事を考えているかは分からないけれど、巫女の頭の中を滅茶苦茶にしているのは確かだ。
直前に放たれていた矢はまるで違う方へと飛んでいき、馬も巫女の思考に釣られて足を止め、そのまま頭を振り回している。
それでも何とか白馬の背にしがみ付く巫女が、右手で頭を抑えながらも私へと目を向ける。
「まだ、、、これで、終わりでは、、、」
「ええ、その通りよ」
彼女の言葉を遮り、私は更に胸の聖痕へと魔力を送り込み、紅い光が強さを増していく。
それは周囲にある血の海を照らし、
「さぁ、これでも耐えられる?」
「そんな、、、まさか、、、」
巫女の周囲を囲む様に、血の海から紅い靄が幾つも浮かび上がる。
それは震えながら人のような形を取り、
「イヤ、、、やめて、、、そんな事をしないで」
巫女の震える声が聞こえる。
それを嘲笑う様に靄は揺らめき、私は聖痕の光をより一層強める、、、それで、終わりだった。
「ぁっ、、、あああああアアアアアアアアアアアアアア!やめてええええええええええええええ!!!」
巫女の絶叫が響き、そのまま力無く白馬から崩れ落ちて地面に蹲る。
両手で頭を抱え、必死に振り乱しながら死者達から無理矢理叩きつけられる怨嗟の声に耐えている。
「無理、、、そんなに、受け止められませんっ!私が、壊れる、、、ぃっああああああああああ!!!!!」
紅い靄に囲まれた巫女が更に絶叫する。
その様に、私は抑える事無く嗤い続けていた。