339 最後に待つ者
敵を倒した余韻すら感じる間も無く、それは起こった。
轟音と共に地響きのような揺れが体を、いや、島全体を揺らす。
それから遅れて強烈な風が吹き抜けていく。
「今度は何?」
「リターニア様、アレ!アレ!」
フェアレーターが何処かを指差しながら何事か叫ぶ。
その指先を視線で追い、
「へぇ、、、あのデカブツ、本当に飛べるんだ」
島の中央からゆっくりと浮かび上がる巨大な影、それはこの島に来た時に見た、巨大な飛空機関船だった。
到底飛べるとは思えない程の巨大さだったそれが、今まさに飛び立とうと唸りを上げていたのだ。
勿論、それを黙って見過ごす理由なんて無い、スコーネ程では無いけれど、今ならあんな鉄の塊程度撃ち落とすのは造作も無い、、、けれど。
私が動くよりも先に、空から二つの影が別の方向へと落ちていくのが見えた。
一つは飛空機関船の側へ、そしてもう一つはこちらへと向かってくる。
「ん?スコーネが戻ってくる。という事は、もう一つはトゥテラリィね」
気配を探るまでも無くそれの正体に気付いて、そうこうしている内にスコーネが私の横へと降り立つ。
「すまぬ、奴めに逃げられたわ。いきなり殴り飛ばされたと思ったら、尻尾を巻いて逃げよったわ」
あれだけの戦いを繰り広げていたのに、全くの無傷で戻ったスコーネが僅かに顔を顰める。
だけど、私はそうではないと感じている、、、恐らく、奴の向かった先には最後の結界基点を担う者が居る、、、それが誰なのか、もはや考えるまでも無い。
「お誘いって事ね。いいわ、飛空機関船は見逃してあげる」
その者の意図を敢えて受け入れ、私は歩き出す。
背後に続くは幻獣スコーネと、僕たるフェアレーターの二人。
待ち受けるのは幻獣トゥテラリィと、そして、、、
飛空機関船が飛び去る。
あれが何処へ向かうのか、そんな事はどうでもいい。
トゥテラリィが降りたであろう、島の中央に位置する広大な広場、そこが恐らく最後の舞台になるだろう。
木々の間を歩く私達の間に会話は無く、僅かな緊張感だけがそれぞれを包んでいる、、、と思ったのだけど。
「トゥテラリィめ、相も変わらず面倒な犬じゃ」
「起点役の教導者も皆弱っちかったですし、さっさと終わらせちゃいたいですぅ」
「、、、」
こいつらにそんな感情なんてきっと存在していないのだろう。
まぁ、お陰で私も肩の力が抜けたし、こいつらもそれなりに役立つから今は好きにさせておくとしよう。
(それにしても、、、)
馬鹿二人は気付いていないようだけど、不思議な事にスコーネとトゥテラリィが降りて来たすぐあとに結界が消えたのだ。
本来ならあと一人残っているはずなのだし、そいつがこちらに利となる行動を取るとも思えない。
となれば、これは起点役の意思ではなく、別の誰かによって指示された事なのだろう。
そして、そんな指示を出せる者なんて、マンベルに於いては唯一人であろう。
(せっかく逃げたのに、わざわざ殺されに戻ってきたのかしらね)
プリエールに庇われ、トゥテラリィと共に一度は逃げ去った巫女、彼女が舞い戻った理由なんて考えるまでも無い、、、まぁ、それは決して叶わないものではあるけれど。
それはともかく、恐らく彼女が戻ったのはトゥテラリィにとっても予想外だったのだろう。
だからこそ、スコーネの事を放り出してまで降りていったのだ、そうじゃないとその行動に説明が付かない。
「本当に下らないわね」
余りにも愚かな行動に思わず声が出てしまうけど、それもまた些事に過ぎない。
どうせもう間もなく、全てが終わりを迎えるのだから。
相変わらず頭の中であれこれ考える癖は抜けないけれど、お陰で退屈な移動時間もあっという間に過ぎ去った。
木々を抜け、視界が一気に開ける。
あの巨大飛空機関船が座していた広場も、今は何も無くなって何処か物悲しささえ感じる。
というか、私が乗ってきた飛空機関船までも居なくなっているのはどういう事か、、、多分、巫女の指示でもう一隻と共に離脱したのだろう。
広場を横切り、その中心へと向かっていく。
そして、視線の先、二つの影が真っ直ぐこちらを見据えて私達を待ち構えていた。
声が届く程度の距離を開けて足を止め、暫し沈黙が落ちる。
それを破ったのは、
「、、、こうなる運命を、何としても回避したかったのです」
微かに震える声の巫女だった。
硬く握り締めた両手が、何かを訴えているように見えて無性に苛ついてしまうけど、その手には乗らない。
「余計なお喋りは要らないでしょ。私と貴女はもう道を違えた、、、なら、やる事は一つでしょ」
そう、余計な問答は時間の無駄でしかない。
私の言葉を合図に、スコーネが戦闘態勢になり、フェアレーターが魔力を高めていく。
対するトゥテラリィも、ここから見える程に獰猛な笑みを浮かべて飛び出さんと身構える。
そして、
「、、、ならば、マンベルの巫女として、神々の意思の代弁者として、貴女を止めます。我はミデンの座に就きし者。その名に於いて、世に仇為すを打ち払いましょう!」
決意を込めた口上と共に、巫女ミデンがその身に宿す神の力を解き放つ。