330 止まらぬ嘆き
プリエールの放つ魔法が私へと殺到する。
加護を受けた者だけあって、魔力の量も扱い方もかなりのものではある、、、けれど。
「児戯ね」
虫を払う様に右手を軽く振るう、それだけで目前の魔法が掻き消える。
僅かに目を見開いて驚きを見せるプリエールだけど、すぐに次の魔法を連続で放つ。
さっきは風、今度は炎、中々に芸達者ではあるけど、
「私には届かないって分かってるでしょ?」
それを上回る量の水を周囲から奪い取り、炎を飲み込んでそのままプリエールをも飲み込まんと突き進む。
と言っても、流石にそう簡単にはいかないのも分かっている。
水の向こう側の気配が消え、直後に私の背後にそれが現れ、
「しまっ!」
短い悲鳴と鈍い音が響き、何かが木にぶつかる音がする。
ゆっくりと振り返ると、木の根元で蹲るプリエールの姿と、その下に見える血の痕。
左手で腹部を抑え、右手で体を支えながら顔を上げ、その口元から血が零れる彼女の姿に私は目を細めながら右手を翳す。
「流石に急所は避けたのね、でも余計に苦しいでしょ?」
「、、、リターニアを、返しなさい」
さっきと同じ言葉を繰り返す彼女に、私は憐れみの笑みを向ける。
「だから、私は私。貴女だって分かってたんでしょ?私はどうあっても世に、人に仇為す存在なんだって。私はそれを自覚して、理解して、受け入れたの。いえ、寧ろ今までが間違ってた。人のふりをして、必死に無駄な足掻きをしていた。どうして私一人が我慢しなくちゃいけなかったのか、どうして誰も私を助けてくれなかったのか、、、どうして誰も私を愛してくれなかったのか」
私の言葉に、プリエールが目を見開く。
そう、彼女は本当に勘違いをしていた。
私は何も変わっていない、全てを受け入れただけなんだ。
それに気付いたからこそ、彼女は衝撃を受けているのだ。
今となっては、そんな彼女の姿ですら心地良く、清々しささえも感じてしまう程に私は自由だ。
「、、、諦めません」
プリエールが震える足で地面を踏み締めながらゆっくりと立ち上がり、私を睨む。
「例えそうであったとしても、私は貴女を諦めません。姉が命を賭してまで貴女を産んだのは、決して使命なんかでは無い、貴女を愛していたからです」
「それが間違いだったのよ。私なんかを産まなければ、全ては平和のままだった。上っ面だけであったとしても、全て平穏なままだった。だけど、こうして運命は動き出した。だから、私は私の役目を果たすわ」
「させません。巫女様に降った予言を、現実になど!」
気合いの叫びと共にプリエールが飛び出す。
会話の隙に回復をしたようで、動きに鈍りは無い、、、だけど、仕込みなら私とて済ませた。
一歩の踏み込みで私の目の前へと迫る彼女、私の翳していた右手を左手で抑え込もうと手を伸ばし、
「っ!」
触れる寸前に転移をして再び距離を取る。
「あら、察しが良いのね。あと少しでその手が腐り落ちてたのに」
「誘い込まれたのですね、、、なんと狡猾な」
そう、わざとらしく右手を見せびらかしたの彼女に触れさせる為。
だけど、流石にそれには気付かれてしまった。
まあ、だからと言って彼女がどうにか出来る状況では無い、、、何せ、今の私に直接触れれば、そこから聖痕の力が流れ込んで死に至るのだから。
だから、私は彼女の背を押してあげる。
「予言、ねぇ。それって、邪神の復活?それとも、聖域の崩落?いいえ、違うわよね?お前達が恐れるのはそんな些細な事じゃ無い。お前達が何よりも恐れているのは、、、聖女の死、でしょ?」
「どうして、、、それを、、、」
やはり図星か。
わたしの言葉に、プリエールが初めて恐怖の表情を見せる。
だけど、何も不思議な事では無い、グレイス・ユールーンは私の内に居るのだから、それに気付かない訳が無い。
「考えてみればすぐに分かる事よ。グレイスは他の誰よりも聖痕と深く繋がっていた。なのに、私に取り込まれても溶けるどころか百年以上経っても尚私の魂と共にあって、転生してからも私の中で存在し続けた。つまり、あの子の魂はより強い何かに護られている、、、それが何なのかなんてのは、考えるまでも無いわね。そしてそれが何を意味するか、その答えも簡単。邪神の封印が解けた時、あの子の魂もまた解き放たれる。そう、全てはその為の策だったのよ、あの子が私に聖痕を明け渡したのはね」
人の肉体は脆弱だ、百年も生きれば老いて崩れる、肉の牢獄だ。
だから、グレイスはその牢獄から抜け出す為に私の下へとやってきた。
あの時の私は何も分かって無かったから、まんまとあの子の策に嵌ってしまったのだ。
だけど、それももう無意味。
「グレイス様が戻られないのは、まさか、、、」
「ええ、そのまさかよ。あの子は私の内に囚われたまま。言ったでしょ、私は私だって。私の中に居る本当の私が教えてくれたの、お前達の言う邪神が一体何なのか、、、私から失われた記憶、それこそが答え。だからお前達は私の過去を奪った。グレイスも、ここにあった筈の歴史の記録も、これまでの全てが嘘だったと気付かれない為に」
右手に炎を纏わせる、、、黒炎では無い、真紅の炎を。
その中から一振りの鎌を抜き取り、切先をプリエールへと向けて、私は彼女を睨む。
「よくも私から全てを奪ったわね。絶対に、、、許さない」