33 魔王の真実
久しぶりに全ての聖痕を全開にする。
いや、かつては5つ目の聖痕を手にした直後に殺されたから、初めて5つの聖痕を揮う事になる。
私から浮かび上がる聖痕を目の当たりにし、それでもレオーネとミレイユは怯む事無く私を真っ直ぐに見据える。
「あ、そういえば」
そこでふと、思い出した事がある。本当はアルジェンナに問い質すはずだったけど、うっかり握り潰してしまったものだから聞きそびれてしまった。
「フェオールの末裔に聞きたい事があるの」
レオーネが一瞬ビクッとする。表情には出さないけど、さすがに名指しされれば身構えるか。
「何が聞きたい」
「ブライム・フェオール。彼の最後についてよ。アルジェンナが気になる事を言ってたから、聞こうと思ってたのだけど、ほらね?」
私の言わんとする事に気付いた彼が緊張を全身に奔らせる。ミレイユも顔を陰らせるけど、すぐに気を取り直した。
「ブライム様は魔王討伐後、数年で亡くなられている。記録によれば、国に戻った時には既に心身共に疲弊しきっていた、と。共に戻ったアルジェンナ、、、様が言うには、魔王に呪いを受けたと。だが、、、」
彼の目に、何かが宿る。まぁ、当の魔王が目の前に居る訳だし、私の方が詳しいだろう、と言いたいのかも。
「そうね、確かにアイツは呪われた。そもそも、私がアイツらに負けたのも予想外だったのだし」
あの時の事を、今なら鮮明に思い出せる。
グレイスから聖痕を奪った直後、ブライム達は最後の抵抗をしてきた。
策も何もない、我武者羅な攻撃だったから、跳ね除けるのは他愛も無い事だった。
だけど、すぐに異変は起こった。
急に聖痕が制御出来なくなった。何が起きたのか理解できず、それでも原因を探ってみたら、何て事は無い。私が取り込んだグレイスの魂が溶ける事なく、私に抗っていたのだ。
私の魂に食い込み、力を削がれた。それで気付いたのだ。
彼女は、アルジェンナの言葉に敢えて乗り、私の許に来た。
そして魔王を斃す為に、その魂を滅する為の、最後の手に打って出た。
唯一の誤算としては、私が先に彼女を操った事だろう。
でも、私が聖痕を欲しているのは周知の事実だったから、結局は彼女の思惑通り。
それが原因で私は最後の最後に抵抗出来なかった。そして。
「アイツの最後の失敗はね、私の胸を貫いた事よ。私が生来持っていたこの聖痕毎、刺し貫かれた。私はそれで死んだけど、聖痕は違う。この聖痕は群を抜いて呪われていたから、それを傷つければどうなるかは、言うまでも無いでしょ」
一度言葉を切り、彼らを見つめる。私の言葉をどう受け止めたのか、まだ戸惑っているようだ。
ついでに言うと、その背後、衛兵やお城務めの貴族達やらは私が本当に魔王の生まれ変わりなのか半信半疑のようだ。
そりゃ、魔王なんて呼ばれる存在が、まさかこんな小娘だとは思えないだろう。
本屋で売られているお伽話や絵本でさえも、魔王と言えば禍々しい存在として描かれているのだから。
それでも、王様は私の今の言葉に目を瞠り、あからさまに狼狽えているから、きっと王家に伝わる何かと符合する点があったのだろう。
「ただね、一応言っておくと、私の呪いはあくまで聖痕に対して。この100年、フェオールに聖痕が戻らなかったのはそれが原因よ。ブライムについては、まぁおおよそ見当がついたからもう良いわ」
彼が病んだ原因は、結局の所グレイスの死が原因だろう。
目の前で魔王に殺されたのだ、その魔王も討ち果たし、精魂共に果てた。
よくある物語だけど、それだと結局この国を混乱に陥れたのは、元を糺すと私が原因なのかもしれない。
まぁ、気にするだけ無駄だ、どの道、私には理解できない感情なのだから。
「あの呪いも、フェオールの聖痕と因果が結ばれたから、それに釣られて私の聖痕も戻ってくればいいなって考えただけなんだけど、、、何故か私自身が戻ってくる事になるなんてね」
自嘲気味に言ってみるけど、むしろ泣けてくる。
なんだって、またこの世に生を受けたのか、本当に分からない。
「それでも、私はこうしてここに居る。過去の大半は失われ、魔王として抱いた感情も今となっては他人事のよう。でも、胸の聖痕がある以上私は私の運命からは逃れられない。ええ、キッパリと諦めて開き直るわ」
魔力を迸らせ、胸の聖痕が一際輝く。
身構えるレオーネと、俯くミレイユ。その彼女が顔を上げ、私に微笑んだ。
「リターニア様、一つ、よろしいでしょうか?」
「なに?貴女の言葉なら、聞いてあげるわよ」
贖罪、等と言うつもりはない。
彼女は、魔王による被害を現代でも受けた一族、その末裔だ。少しは慈悲深く、、、
「どうして、嘘をおっしゃられるのですか?」
・・・・・・
口元が震えそうになるのを何とか抑えると、一度目を閉じて、改めてミレイユと向き合う。
隣のレオーネも驚いた様に彼女の横顔を見つめている。
「それは、私が魔王の生まれ変わりが、という事?」
「いいえ」
彼女はキッパリと否定した。自身の左手の平を見つめ、またこちらへと視線を戻す。
「私の聖痕は、貴女が人々に仇為す者だと告げています。恐らくレオーネ様もそうでしょう」
その言葉に、レオーネも右手の甲に目を落とし、頷く。
当然の様に、私の聖痕はその逆の反応を示している。即ち、己に害意有る者達を屠れ、と。
その聖痕を奪い、糧とし、全てを憎め、と。
うるさい、と心の中でそれを黙らせると、私はもう一度ミレイユを見据える。
「なら、何が嘘だと?」
「正直に申しますと、ワタクシは聖痕の意志など意に介しません。ワタクシは、ワタクシを救って下さったリターニア様を信じております」
強い意志の籠った声で、そう告げる。
なんとまぁ、彼女は既に聖痕の意志を捻じ伏せている。あれだけの環境に置かれていたのに、心は強く育まれたみたいだ。
いや、聖痕を正しく引き継いだ事で心の迷いが晴れたのかもしれない。これは、強敵かもしれない。
「もしもリターニア様が本当に世を乱そうとお考えでしたら、ワタクシも、レオーネ様も、全てを捨て置かれたはず。ですが、貴女はそうはされなかった。貴女様が何故魔王などと呼ばれる存在になってしまわれたのか、ワタクシには想像も付きません。ですが!」
硬く握った左手を胸に添え、彼女は毅然とした姿で私と向き合う。
「リターニア様の魂が、かつてリサ・ダエーグと呼ばれた魔王その人であるならば、今日までの行いもまた、その延長線上にあるはず。かつての貴女も、本来は優しいお方だった!魔王などと仇名されたのも、自ら望まれた事ではないはずです!」
その言葉に、知らず一歩下がる。
今の彼女の姿に、あの日のグレイスが重なってしまう。
あの子も、静かな言葉で私を見透かしてみせた。
この呪われた聖痕で、血塗られた人生を歩み、蔑まれ、憎まれ、恨まれ、そして、、、
「っ!知ったような口を聞くな!祝福された聖痕を持つ貴様らに、私の何が分かる!」
「リターニア様、、、?」
思わず声を荒げてしまった。
だけど、まさか瞬く間に私の心を暴いて見せるなんて、正直動揺している。
まさか、いつだかに彼女に触れられて心が開かれた時に、彼女もそれを感じていた?
「はぁ。いい?どんな理由であろうと、事実として私は魔王だった。この聖痕で多くの人を殺し、或いは魔物を操り幾つもの国を、町を、攻め滅ぼした。その業の果てに、私は殺された。報いなのだから今更気にもしないし、後悔もしない。だけどね、なら今ここに居る私は何?望んだワケでも無いのにまたこの世に生まれた。静かに隠れ過ごしていたのに、結局また聖痕に振り回された挙句ここに居る。それはつまり、私は永劫に魔王であり続けなければいけない事でしょう?」
「違います!貴女が教えて下さったのでしょう!?聖痕になんて、運命になんて振り回されるなと!時には背を向け逃げてでも、己を貫けと、そう仰ったではありませんか!」
「そうだ、俺も君の言葉で目が覚めた。あれは、あの言葉は、誰かを思いやる心が無ければ出てこないはずだ。君がどう思おうが、俺はそう受け取った!」
ミレイユに続いてレオーネまで加勢してきた。つくづく、余計な事ばかりしてきてしまった。
私も、二人も、ただ真っ直ぐに睨み合う。無言のまま、時が流れていき。
「、、、私の聖痕はね」
負けた、と。
そう、ハッキリと感じてしまった。
やっとタイトルの真の意味に到達しました!『転生』した魔王が『聖女』と勘違いされて『逃亡』する、分かりづらいわ!(笑)