329 踊る影
ようやく心の枷が解けた、そんな清々しさで町へと戻る。
変わった形状ではあるけど、町なんて物は結局は何処も同じだ。
有象無象が寄り集まり、雑音を響かせながら短く無意味な生にしがみつく。
その惨めさに堪らず笑みが浮かんでしまうけど、まだ今は我慢の時。
なんて事を考えていると、向かいからデゾイトが歩いてくる。
少しは明るい表情に戻っているのを見るに、彼女も少しは落ち着けたという所だろうか。
「あ、リターニア様ー!」
彼女も私に気付いて、元気に手を振りながら駆け寄ってくる。
「あら、少しは元気になったみたいね」
「はい、お母さんもお祖母ちゃんもいつも通りで、私もしょげてられないなって!それよりもリターニア様、何と言うかこう、雰囲気変わりましたか?」
相変わらず子犬の様にコロコロと表情を変える彼女が、不思議そうに私の顔を覗き込む、、、無駄に察しが良い奴だ。
「まぁね、私も私で吹っ切れたというか、何時までも悩んでられないってね」
「わぁ、凄いです!私なんて、子供の頃から何やっても上手くいかなくてすぐ落ち込んじゃって。立ち直るのにお母さんにいつも慰められて、でもそれでまたしょげちゃうんですよね」
成程ね、だからこの子には素質があったのか、、、きっと、本人も気付かない深い場所にそれは埋もれていたのだろう、実に良い事だ。
「じゃあ、今はもう大丈夫なのね?」
「うーん、まだ自信は無いです。蒐集者としてもまだまだ未熟ですし、それこそリターニア様みたいに強ければ私ももっと役に立てるのかなぁって思ったりしちゃいます、なんて」
うん、そう思えているなら大丈夫だろう、きっとこの子は成長出来る。
だけど、今ここでそれを伝えはしない、それでは種は芽吹かない。
「身の丈に合う事をする、まずはそこからよ。過ぎた望みは破滅に繋がるからね」
デゾイトの頭を軽く撫でてその場から離れる、そう遠くない内に彼女の望みが叶うと私は知っているから、小さく笑みを浮かべながら。
町の中は一見穏やかではあるけど、擦れ違う一人一人を見てみると隠し切れない動揺も見える。
まぁ、遠く離れた場所とは言え、自分達の一部である町が一つ滅んだのだ、それも仕方が無い事だろう。
それに加えて、その元凶であるスコーネは今もその廃墟の中に留まっているのだ、アイツがいつその気になってこちらへ攻撃を仕掛けてくるかも分からないとなれば、安穏としていられないだろう。
とはいえ、避難の準備をしている様にも見えないし、こちらから手を打とうともしていない。
まぁ、マンベルの特徴からしてそもそも武力のある組織では無いだろうから、攻めに出るなんて考えがそもそも無いのだろう。
それでも、一部には厄介な奴も居る、、、あのプリエールの様な奴が。
今なら分かる、巫女を筆頭にプリエール、そして同じ力を持つ奴が他にも居る、あのオイトだって見せはしなかったけど相当な使い手だった。
彼女達が束になれば、或いはスコーネにも手が届く可能性はある、だからなるべく早めにするべき事をしよう。
「おや、貴女は」
これはまた幸先が良い、丁度良い駒が向こうから来てくれた。
買い物をしていたのだろう、オイトの母が店から出てきて私と鉢合わせたのだ。
「どうも、オイトの様子は?」
「ええ、暫くは大変でしょうけど、すぐに慣れるでしょう。生きてさえいればどうにかなりますから」
まさにそうだ、人とは死なない限り決して諦めない、本当に浅ましい生き物なのだから。
「それは良かったわ」
「貴女にも、改めてお礼を言わせてください」
「私は大した事してないわ。でも、そうですね、、、なら一つお願いが」
ゆっくりと、だけど決して逃れられないように左手を掲げ、彼女の額に指を軽く触れさせる。
「あの、何を、、、っ」
何かに気付いて慌てて身を引こうとするけどもう遅い。
触れた指先から微かな紅い光が彼女の頭に吸い込まれ、見開かれていた目から光が消えていく。
そして、その代わりに新たな光が灯り始める、、、怪しく輝く紅い光が。
その彼女の耳元に口を近付け、
「さ、邪魔者を消して。己の役目を全うしてここを混沌の坩堝へと落としなさい。それが出来たら、ご褒美に、、、殺してあげるわ」
女は歓喜の笑みを浮かべ、軽い足取りで家へと帰っていく。
これで目先の厄介事は片が付くだろう、だけど、当然まだこれだけではない。
「、、、さっきから不快な視線ね」
誘っているのか、わざとらしい視線が彼方から注がれている。
今のやり取りも覗かれただろうけど、どうせ何も出来やしない。
だけど、それで好き勝手されるのも癪ではある。
だから堂々と、胸を張って足を踏み出す。
向かう先は、、、あの林がいいだろう。
来た道を引き返してさっきまで居た林へと戻る。
「ここでいい?」
足を止め、何処へともなく声を掛ける。
「、、、リターニアを返しなさい」
怒りを秘めた声が頭上から響き、直後に強烈な風が吹き抜ける。
それを躱しもせずに受け流し、目の前に降り立った影に笑みを向ける。
「あら、私がリターニアよ?どうしちゃったの、プリエール」
「黙りなさい、、、邪神!」
まぁ、こうなる事は分かっていた。
だから、私も擬態を解き、白い髪を本来の色に戻す、、、紅い紅い、私本来の色に。