328 聖痕
これまで巡ってきたどの場所とも違う空気、人々、そして、、、私が抱く思い。
先に飛空機関船から降りていたオイト達に追いつくと、入れ替わるようにしてプリエールは転移で姿を消した。
恐らく、無事に私達がこの島に到着した事を巫女に報告しに行ったのだろう。
そんな事をしなくても、あの巫女様なら全てお見通しな気もするけど、まぁそこは当人達にしか分からない領分だ、私が気にする事では無い。
それよりも、周りに居る人達は勝手知ったるな風情で動いているけど、私は何をすれば良いのだろうか。
本来の目的が失われた以上、私がここに留まる意味は無い、、、だからせめて、スコーネだけでもどうにかしたいのだけど、今の私が全力を出してもアイツには及ばないだろう。
これまでどんな窮地であっても、聖痕さえあればどうにでもなったし、どうにかしてきた。
だからこそかつては魔王だなんて呼ばれる位には暴れられたのに、転生してからはそれが通用しない場面が何度も出てきた。
今回なんてその最たるだろう、全力の魔法障壁を紙切れの如く貫かれたのは、内心ではかなりの衝撃だ。
すぐにそれどころでは無くなったから良かったけど、思わず叫んでしまいたくなる出来事なのは確かだろう。
「リターニア様」
「えっ、、、」
どうやら良くない方に考え込んでしまったせいで立ち止まっていたらしい、それに気付いたオイトが声を掛けてくれた。
「皆、貴女には感謝しております。あの障壁が無ければ、生存者は皆無だったのは間違いありません。ですからどうか、ご自分をお責めにならぬ様に」
「そ、そうです!私なんかよりも、よっぽどスゴかったですよ!」
怪我人のオイトどころか、今だに笑顔が戻らないデゾイトにまで慰められてしまった。
だけど、今の私にはそれを素直に受け止める事は出来ない。
「貴女様が、、、私からも是非とも御礼を。娘と孫が生きて戻れたのは貴女のお陰なのですね。本当にありがとうございます」
オイトの体を支える女性が頭を下げ、感謝の言葉を伝える。
ゆっくりと頭を上げ、親子三代が私を見つめてくる、、、その視線が、私にはとても辛く感じてしまう。
「、、、気にしないで。少し町を見てくるわ」
だからか、そんな彼女達から逃げる様に、私は一人足早にその場から立ち去る。
そんな背中に向けられる視線から逃げたくて、気がついた時には走り出していた。
島全体が一つの町として造られてはいるけど、人の手が入っていない場所もそれなりにあった。
オイト達から逃げる様に離れ、だけど町を、というか人と関わる気になれなかった私はそんな場所に来ていた。
ここは手付かずの木々が立ち並ぶ林のようで、程良く日差しが当たり、心地良い風が吹き抜ける避暑地みたいだ。
どうやら、この島全体に結界が張られているらしく、中央大陸側にあった町のように内側が温暖な気候で維持されている。
観光で訪れたならさぞや良い気分転換になっただろうけど、今の私にはそんな風に楽しむ余裕は無かった。
(私がいる限り、スコーネもあそこに留まり続ける、、、でも、どうやってあれと戦えばいいの、、、)
この身には九つもの聖痕が宿っている。
それら全てを全開にしても尚、スコーネには遠く及ばない。
存在を確かめるかの様に、一つ一つの聖痕に魔力を流し、浮かび上がらせていく、その最後に。
「、、、これが、全ての元凶、、、」
胸元に刻まれた、邪神の聖痕を浮かび上がらせる。
私がこの世界に産まれた時から持つ、私本来の聖痕。
それが何を意味するのか考えたくも無いけれど、それでも己を見つめなければいけない。
浮かび上がる胸の聖痕、その紅い光を睨み、、、
「、、、色が、違う、、、」
浮かび上がる聖痕に本来色なんて無い、それでも強いて言うなら白となるのだろうか。
淡く光る聖痕は、それ故に奇跡の象徴とも呼ばれるのだけど、、、今、私の胸元に浮かぶ聖痕は紅いのだ、まるで血に染まったかの様に。
他の聖痕は普通だったから、明らかに胸の聖痕にだけ異常が出ている、、、いや、これは本当に異常なのだろうか。
「、、、邪神の聖痕、これが本来の姿、なの?」
ここ暫くは意識を失ったり、内から湧き上がる得体の知れない何かも感じていない。
私の内に居る邪神、そしてグレイス・ユールーン、この二人が私に対する干渉をやめたとは思えない。
だけど、、、今目の前に浮かぶ紅い聖痕を見ていると、そんな事さえもどうでも良くなってくる。
(私は、、、何を、、、)
導かれる様に右手を動かし、胸の聖痕に触れ、、、
目を開けると、一面の闇。
だけど、知らない場所では無い。
寧ろ、とても良く知っている、とても居心地の良い場所だ。
「フフ、やっと還ってきたわね」
何処からか声が聞こえ、後ろを振り返る、そこに。
「、、、邪神」
「まぁ、貴女までそんな嘘に騙されてるのね。悲しくなるわ」
わざとらしく泣き真似をする誰か、、、いや、これは、彼女は、、、
「そう、私は貴女。貴女から奪われた、本当の私。小賢しい連中はね、貴女を今度こそ葬ろうと嘘に嘘を重ねているの。邪神なんていうのがその最たるよ」
「、、、私は、一体何なの」
目の前の私は、血のように紅い髪を靡かせながらゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「思い出しなさい。貴女はただの器、私こそが魂。この時の為に、私は貴女を産んだの、、、胸に刻まれた聖痕、それこそが貴女の正体なのだから」
「私が、、、聖痕?」
「聖痕とは神々の魂の断片。普通の人間では一つですら扱い切れない、何故なら神の魂なんて人が扱える物では無いのだから、、、じゃあ、貴女は?」
紅い髪の私が目の前で足を止める。
代わりに、手を伸ばして私の頬を優しく撫でてくる。
「私は、、、」
「貴女は私。私の祝福を受けた、私が自ら長い年月を掛けて創り出した、この世のあらゆる負を撚り合わせた魂」
私の手の中に、黒い何かが浮かび上がる。
それは闇よりも尚昏く、綻び、砕けそうな程に歪で、弱々しい何かだった。
「ウフフ、みーんなバカばっかりよねぇ。貴女を救う為にこの魂を必死に護ってくれて。あのグレイスですら見破れなかったわよ、やるべきだったのはコレを護るのでは無く、消滅させる事だったなんて」
黒い何かに紅い棘が絡み付いていく。
それは不快であり、でも何故か心地良くもあった。
「私の策、それこそが貴女。私の聖痕を宿し、私を呼び戻す為のお人形。魂の封印も肉体の封印も無駄なの。だって、魂も体も既に存在しているのだから」
私が私を抱きしめる。
そうして、私と私の境界が曖昧となり、一つに溶け合っていく。
「でも、流石にこのままでは脆弱過ぎるわね、、、やっぱり回収しましょうか。そうすれば、不純物も綺麗サッパリ!ついでに体も回収しましょう、利用されたらまた面倒だしね」
私の口から私じゃない言葉が放たれる、、、だけど、もうそれもどうでも良い。
これで、ようやく私は、、、終われるのだから。