326 傷痕
離れに来てから五日が経った。
怪我を負った人々は体力も回復し、次なる移動に向けて準備を整えていた。
ただ、残念な事に回復魔法でもどうにもならなかった人の内、数人が新たに亡くなってしまい、その影響もまた小さくは無かった。
私も彼等の治療にあたったのだけど、オイトの様に体の一部を失った人は傷の断面を確認し、何かしらの異常が出ていないかの経過観察だけで済んでいた。
ところが、火傷を負った人の内の半数近くが回復魔法を受け付けなかったのだ。
同じ火傷でも、魔法による治療で回復した人も居たのだけど、そうではない人達は全く回復しなかった。
離れの中にも幾らかの薬は置かれていたからそれで治療を施したのだけど、不可解な事にそれすらも効果が出なかったのだ。
結果、彼等の傷は悪化し、次々と息を引き取っていってしまった。
目の前で命が失われていく様に、生き残った人々も精神的に参ってしまい、離れの中は重苦しい雰囲気となっていき。
そんな中、原因を探っていた私はある事に気付いた。
(、、、魔法の残滓。だけどこれは魔力とは違う、、、スコーネの炎、、、?)
亡くなった彼等の亡骸を、右目の聖痕で調べてみたらそれに気付いた。
特に色濃く感じたのが火傷痕、そこから魔法の残滓を強く感じたのだ。
理屈は分からないけれど、スコーネの持つ特殊な力のせいで魔法どころか、薬による回復すら受け付けない傷となってしまったのだ。
或いは、彼女もまた邪神の力によって産まれた存在、その彼女の放つ攻撃もまた邪神の力を帯びていて、そのせいで死へと至る傷へとなったのかもしれない、、、それはまさに、私が持つ黒炎と同じ効果なのだ。
(、、、いえ、今は考えるのはやめよう)
それがどういう意味なのか、きっと私は答えを知っている。
けれど、それを考えてしまったら、理解してしまったら、その時こそ私は、、、
それから更に二日後。
「リターニア様、ご無事で御座いましたか」
これまで姿が見えなかったプリエールが離れに現れた。
彼女はスコーネの攻撃があった直後、即座に転移をして一度本土へと離脱していたらしい。
本当なら、すぐにでも救助の為の人員を寄越したかったらしいのだけど、やはり辺り一帯にスコーネの力の影響があったらしく、転移すら難しい状況で、急遽飛空機関船を準備して今日になってようやく来れたらしい。
「申し訳ございません、貴女を置いていく形になりました」
「大丈夫よ。あの時手を伸ばしてたのは貴女でしょ?無理と分かった時点で転移で逃げたのは正解よ」
「、、、ありがとうございます。では、私は教導者達を集めて今後の動きを説明してきます」
私の返事に安心したのか、微かだけど笑みを浮かべた彼女はすぐに表情を引き締めると、すぐに次の行動に移る。
そうして、彼女からの指示を受けた教導者達は迅速に行動を開始し、他の人々もそれに倣い荷物を纏め始める。
そんな中、
「プリエール、私は置いていきなさい」
「貴女一人がここに残って何になるのですか。デゾイト、右側を頼みます」
「は、ひゃい!」
足手纏いになるからと捨て置くように言うオイトと、それを拒んで無理矢理抱き抱えるプリエール、それに巻き込まれるデゾイトという何とも平和なやり取りもあったりした。
まぁ、酷な言い方ではあるけれど、片方の手足を失ったオイトに抵抗何て出来やしない。
彼女自身もそれを分かっているのだろう、抱き起された時点で諦めの表情を浮かべてされるがままにしていた。
そんなこんながありつつ、あっという間に準備を終えた私達は北の岬で待機していた飛空機関船の側へとやってきた。
町にあった様な移動桟橋は勿論無いから、果たしてどう乗り込むのかと思っていたけど、そこは何と強引な事に、船を岬に密着させて行うのだと言う。
実際、船の元に来てみると既に船は岬に接岸していて、私達を待ち受けていた。
「非常時の手段として決められた方法ではあります。最も、本当にやる日が来るとは思っていませんでしたが」
担がれたオイトが船へと乗り込む人々を見つめながらそう話す。
確かに、飛空機関船は見た目からしてもかなり頑丈そうではあるから、こういった方法も取れるのだろう、、、そんな物を容易く破壊してみせたスコーネの力も改めて恐ろしいものだと思い知るのだけど。
しかしこうして見ていると、初めてとは思えない程に誰もが船へと乗り込んでいくのは、やはり自分達の技術に自信があるからだろうか。
それを誇る事無く、巫女の下で世界の為にと生きる彼等。
残念だけど、私にそんな生き方は出来ない。
話をした後、幾つかの指示を出して居なくなった巫女もまた、そうして生きてきたのだろうか。
それは果たして幸せなのだろうか、私には到底分かりようが無いし、理解も出来ない。
何より、、、
(この惨劇は私のせい、、、どうあっても、私は世界に不幸を齎すしかない、、、)
目の前で多くの人の命が消えていった。
その光景は、例え形は違えどかつて私が見てきたものと何ら変わりは無い、それはつまり、、、
この魂に刻まれた罪という名の傷が再び抉られた、そんな気がしてならないのだ。