324 朱に染まる白
全身の痛みで意識が浮かび上がる。
体を起こそうとして、石の様に重く感じる手足を踠くように動かして、やっとの事で仰向けに転がる。
「っ、、、生きてる、、、みたい、ね」
限界ギリギリまで魔力を振り絞ったせいで頭も体も重いけど、意識が飛ぶまでは至らなそうではある。
ただ、回復魔法を使える程の余裕も無いから、まだ暫くはこのままでいるしかない。
幸いというか、今倒れている場所は雪が無いから、凍える心配は無い、、、
「これは、、、違う。雪が、溶けてる、、、」
頭だけを起こし辺りを見回してみると、マンベルの町は影も見当たらない。
それなら、結界の外まで吹き飛ばされた事になり、であれば辺りは当然雪に覆われた景色が広がっているはず。
なのに、見渡す限り雪なんて何処にも無い、それどころか、あちこちから立ち昇る煙が見える状況だ。
痛む体を無理矢理引き起こし、何とか立ち上がると足を引き摺りながら前へと進む、、、その先、少しだけ小高い丘から見えた景色に、私は言葉を失った。
私が目を覚ましたのは、どうやら町から西の方だったらしい。
スコーネの炎と、その後の飛空機関船の爆発でかなりの距離を吹き飛ばされたようで、生きているのが不思議な程だ。
いや、寧ろ吹き飛ばされたからこそ生き残った、と言っても過言では無いかも知れない、、、何故なら。
「、、、町が、、、消えた、、、」
丘から見渡せた光景に、漸く出せた声がこれだ。
遠く微かに見えるマンベルの町、いや、町だった、と言った方が最早正しいだろう、その場所は、ほんの僅かな建物の痕跡を残して跡形も無く吹き飛んでいた。
何が起きたかなんて考えるまでも無い。
あれは、スコーネの炎によって悉くが焼き尽くされたのだ。
魔導機関船の爆発なんて可愛いものだ、スコーネの一撃は比較にすらならない規模の破壊を齎し、町をほぼ消し飛ばし、鉄の塊を容易く切り裂き、その熱は辺り一帯の雪を溶かしてその水気すら飛ばしてしまった。
辺りで煙を上げていたのは、魔導機関船の残骸らしき塊と、あとは、、、
「アイツ、、、」
ソレから無理矢理視線を外し、彼方に聳える巨体を睨む。
飛空機関船に向けて炎を放ったスコーネ。
その威力は想像を遥かに超え、船どころか町をも消し飛ばした、、、そう、跡形も無くなったのだ。
なのに、その中心に居た奴自身はまるで当然かのようにそこに佇んだままだった。
ここからすら見える程の巨体に、傷なんてものは全く見当たらない。
ただ退屈そうに足元を見下ろし、何かを待っているように目を閉じている。
本音としては、今すぐにでもあの顔を殴り飛ばしてやりたいけど、魔力の回復だけは時間が掛かる。
悔しくはあるけれど、今は一度引き下がるしかないと自分に言い聞かせて歩き出そうとした時、
「リターニア様!ご無事でしたか!」
すぐ側から聞き覚えのある声。
そちらに顔を向けると、そこには今にも泣き出しそうな表情を浮かべた巫女が現れていた。
「見ての通りよ、お陰で魔力は使い果たしたけどね」
「なんと、、、申し訳ございません。巫女でありながら、この事態を防ぐどころか招いてしまった、、、私は巫女失格です、、、」
俯いて肩を震わせる巫女、その姿に私は何故か場違いにも遠い昔の己を思い出してしまった。
「あれは私が連れ込んだのよ。もっと怪しむべきだったのに、好き勝手させた、、、オイトも、怪しいって言ってたのにね」
果たしてオイトやデゾイト、他の人達は無事なのだろうか、それすらも今は確かめようが無い。
「残念ながら、この辺りに満ちるスコーネの力が神々の力を拒み、他の者達の行方を視る事が出来ないのです、、、彼女が邪神に連なる者であるという証左なのです」
「やっぱりそうなのね、、、」
躊躇う事無く飛空機関船を破壊した、多くの命を奪った、、、スコーネは、アイツは、私達の、、、敵だ。
気持ちとしては、今すぐにでもアイツを殴り飛ばしてやりたい。
だけど、例え万全だったとしてもスコーネを倒す事は不可能だ。
「教えて、幻獣とやらはどういう存在なの?」
「幻獣とは神によって創造されし、世界を見守り、時に変化を促す存在です。人と関わる御方も居れば、決して姿を現さない御方も居ると言いますが、その全てで共通するのが、私達を導いて下さる役目を担っているという事です、、、なのに」
スコーネはそうでは無い、邪神によって産み出されたと自ら語り、それが嘘では無いと、こんな惨状を以って示した。
雪の白に包まれていたこの地は、炎と血の赤によって破壊された。
私ですら、全力を賭して尚この有様なのだ。
プリエールは多分無事だとは思うけど、他の者達は恐らく、、、
「感傷に浸るのは後、今は身を隠さないと」
「私が案内致します。まずは、初めてお会いした時にお連れした離れへ。そこから、もう一つの町へと向かいます」
マンベルのもう一つの町、、、それも気になるし、他にも聞きたい事は沢山ある。
けれど、何をするにしてもまずはスコーネから離れないと。
立ち去る前にもう一度、スコーネを睨む、、、悠然と佇む邪悪な幻獣は、未だ沈黙のままだった。