319 為すべきを
何とも言えない気まずい雰囲気の中、私とスコーネ、そしてプリエールは集積堂の奥へと続く廊下を歩いている。
例の特殊な転移で本土から転移してきたプリエール。
エオールでの一戦で相当に傷を負わせたけど、見た限りでは治療されているようだ。
それに、表情もあの時と同じく変化無し、、、というか、マンベルの連中は大体がこんな風に表情を滅多に変化させない気がする。
寧ろ、長である巫女が一番表情を変えていたんじゃないかと思える程だ。
そんな風に、一見するとあの時と同じ風に振舞うプリエールだけど、やはり隠し切れない緊張感を滲ませていて、動きも僅かだけどぎこちない。
と言うよりも、何だか私の様子を窺っている様な気がするのだけど、、、
「、、、あのっ」
そんな事を思っていたら、まさに意を決したように振り返ったプリエールが私を真っ直ぐに見つめてきた。
「その、、、エオールでは、大変失礼を、、、」
「私も悪かったわね。やり過ぎたわ」
正直、彼女のやり方も上手くは無かったけど、それであんなに取り乱した私にも落ち度はある。
それこそ、転移していなければあのまま彼女を殺してしまっていた可能性もあったのだ、お互いこうして無事に再会できたのは幸運としか言いようがない。
本当ならもっと色々と言葉を掛けるべきなのだろうけど、多分彼女もそこまでは望んではいないだろうし、私も彼女に必要以上の謝罪は求めていない。
「、、、ありがとうございます」
その意を汲んだのだろう、プリエールは小さく感謝を告げると前へと向き直る。
そう、今の私達がやるべき事は他にあるのだから。
プリエールに案内されたのは集積堂の奥にある部屋だった。
中には幾つかの本棚が置かれていて、そこにも本が納められているのだけど、何だか外にあった本とは少し趣が違うというか、かなり古めかしく見える。
「ここは、、、?」
「表の棚には並べられない歴史、、、我らは禁書と呼ぶ本がここには納められています」
つまり、ここにあるのは人目に触れさせてはいけない歴史が記された本、、、という事なのだろうか。
でも、だとするとその判断基準は何なのかという疑問が浮かんでくる。
何せ、魔王に関する本はここには並ばなかったのだから。
「今想像しておられるであろう疑問も最もです。しかしながら、ここにあるのはそういった歴史とはまた異なる歴史、、、世界の真実に触れる事象が記されているのです」
世界の真実、、、それは一体?
近くの棚に置かれた本を手に取り、中を見てみる。
だけどそこには、
「何これ、、、読めない?」
確かに文字が書かれていた、、、但し、それは見た事も無い文字だった。
そもそも、自分の知らない文字を文字として認識出来るのか、、、普通なら否だろう。
だけど、この本に書かれた文字は確かに私は知りもしない物なのに、文字であるとは理解出来るのだ。
その不思議な感覚に戸惑っていると、
「それは認識を阻害する魔法の効力です」
別の本を持ったプリエールが横に来て、手に持った本を広げて見せる。
「通常時はその様に、目に映る文字を文字として認識出来なくなりますが、こうして」
その本に手を翳し、何かしらの魔法を掛けると、
「、、、読める様になったわ」
「はい。ここにある禁書は全てこの魔法が掛かっております。これを解く事が出来るのは巫女様と、巫女様に選ばれた数名のみ。私が此度ここに遣わされたのは貴女様にここの本をお見せする為です」
「それはつまり、ここに今回の事の解決に繋がる何かがある、という事なのね?」
静かに首を縦に振るプリエール、その無表情のままの顔がそっと私に寄せられる。
「巫女様より言伝でございます。貴女様が知るべきは過去ではなく未来である、と」
過去ではなく、未来、、、?
「それはどういう意味、、、」
私の問いに、答えは無かった。
何故なら、そこにもう既にプリエールの姿は無かったからだ。
いつの間にか私の手に渡されていた本だけが、彼女がここに居た事を証明する痕跡となり、私は訳の分からない謎掛けを残された。
「忙しの無い娘じゃな。唐突に現れ、これまた唐突に消えよった」
手に持った本を棚に戻しながら、スコーネがこちらに顔を向ける。
「そうね、、、いえ、それが彼女の役目なのよ。それよりも」
プリエールが魔法を解いた本を書架台に置き、スコーネと共に中を検める。
「ほう、これは古の歴史じゃな」
「分かるの?いつ頃のものか」
「うむ、相当に古い頃じゃぞ。最初書かれた内容はそうさな、、、大体一万年程前か」
「一万年!?」
驚く私を余所にスコーネは幾つかページを捲り、そこから一気に半分程まで本を進めた。
そして、ある文を指差した。
「やはり、ここじゃ。読んでみるが良い、あの娘の言葉の意味が分かろう」
言われるがまま、スコーネが指し示した部分を読んでみる、、、そこに書かれていたのは、
「邪神は封印され、肉体は海より深き顎の奥底に。そしてその魂は天に近く、決して届かぬ場所へ、、、即ち、封印の地を浮上、、、?」