31 目覚めの時
「すまない、遅れた」
アルジェンナへ鋭い目を向けながらレオーネが私の横に並んで声を掛けてくる。
「本当よ、と言いたいけど助かったわ」
軽口を吐きつつ、私もアルジェンナから視線を外さない。あの女は何をするか分からない。
一方、彼女はゆっくりと立ち上がると、何度も私とレオーネを交互に睨み付ける。その視線に、明らかに何かが籠められている。
私も、レオーネもそれを感じ取り、彼女を見つめ返す。
「どうして、、、」
微かな声が、風に乗ってここまで届いた。私達は同時に身構える。けど、アルジェンナは凍り付いた様にその場から動かなかった。代わりに、
「時を経てもなお、お姉様はフェオールと並び立つのですか、、、」
悲痛さを滲ませた、微かな呟き。そのまま項垂れ、動かなくなったアルジェンナに意識を向けつつ、私はまだやるべき事があると気を引き締める。
「レオーネ、すぐにミレイユの所へ行って」
「彼女ならここへ、、、まさか」
私の頷きに、彼はすぐに察したようだ。アルジェンナを警戒しつつも近くの騎士に声を掛けようと動きだし、
「レオーネ殿下!」
遠くから馬が勢いよく駆けてきた。馬上の兵士は汗を滲ませ、それ以上に全身に傷を負っていた。
彼は馬から転げ落ちるように降りるとレオーネの前で膝をついた。
「ご報告!ミレイユ様の乗られていた馬車が襲撃されました!」
「なんだと!?」
声を荒げるレオーネの肩を抑えつつ、私も舌打ちをしてしまう。気付くのが遅すぎた、何かあるとは思いはしたけど、まさかランヴェルトを使うとまでは頭が回らなかったのは痛い。
とはいえ、目下の問題は目の前のアルジェンナだ。レオーネが報告に来た兵士の話を聞いている間も、私は蹲ったままのアルジェンナから目を離さずに居た。
(次はどう動く)
意識を外さずに、すぐ傍での報告にも耳を傾ける。
「複数の怪我人、数名は重症です。私は軽傷でしたので早馬で駆け、報告に参じました」
「そうか、すぐにこちらからも援護を向かわせる。それよりもミレイユは?」
「現状はまだ。ランヴェルト様は突然現れてこちらを攻撃、馬車を破壊してミレイユ様を拉致、直後に姿を消したのです」
可能性としてはベオークの屋敷か。でも、あちこちに別荘やらがあるから、虱潰しに探すしかない。
「---」
何かが耳に届いた、次の瞬間だった。不意に突風が吹き思わず顔を腕で覆う。
ほんの数舜、でも致命的だった。次に見た時、アルジェンナは私達の前から姿を消していた。
「クソッ!」
思わず悪態を吐くが気にする暇はない。まだ何とかなるかもしれないと、左目に魔力を流して周囲を見回す。アルジェンナの魔力の残滓を追いかけ、視線が南へと誘導される。その先に、
「レオーネ!」
「彼女はどこに!?」
私は真っ直ぐにフェオールの王城、その頂を示した。
「アイツ、王の間に居る!」
弾かれる様にレオーネが走り出し、私も後に続く。手近な馬にそれぞれ飛び乗ると脇目も振らず陣地を駆け抜け、草原を南下する。
ここから王城までは馬で1日程度。多少無理をすれば半分までは縮められる。だけどそれでは遅い。
「悪いけど、無理してもらうわよ」
馬の鬣を軽く撫でてやり、私とレオーネの乗る馬に身体強化を掛けてやる。加えて風の魔法で体を包み込んで抵抗を軽減する。瞬間、馬はさらに加速して一気に王都の外壁が視界に入ってくる。
王都内を駆け抜け、城の正面まで辿り着くとそのまま馬から飛び降りて駆けていく。
レオーネのお陰で衛兵も無視して行けるのはありがたいけど、まだ城内は穏やかだ。
無駄に広い城を駆けていくと、上階の方が少しづつ騒がしくなってくる。
「急ごう!」
レオーネが振り返る事なく、緊張を滲ませながら駆ける。私も真っ直ぐ先を見据えながら、アルジェンナの気配を探り続ける。
(かなり魔力が渦巻いてる。でもまだ大丈夫)
ミレイユはまだ無事だろうと確信しつつ、それでも疑問が浮かび上がる。
わざわざ王の間に来た理由だ。
彼女の行動はもはや理性の欠片も無い、それでも何かしらの意味はあるはず。考えても答えは出ないけども、用心はするべきだ。
王の間の前は騒然としていた。衛兵や貴族、他にも多くの人が扉の前でどうしたものかと右往左往していた。その人垣を掻き分けて王の間への扉の前へと辿り着くと、それに気付いた誰かがレオーネに駆け寄ってきた。
「殿下!」
「宰相、何があった!」
宰相と呼ばれた人、そういえばいつかに見た覚えがあるその人が言うには、突然ランヴェルトが現れ王の間を制圧、王と王妃を人質に他の者を全員追い出したという。加えて、少し前にアルジェンナまで現れ王位を簒奪すると宣言、中で『話し合い』がされているという。
「話し合い、ねぇ」
それが言葉通りでない事などここに居る誰もが理解している、けども王様たちが人質にされている以上迂闊な事は出来ないと、手を拱いているのだろう。
レオーネも、焦りつつもどうしたものかと扉を睨みつけている。
かくいう私は、一通りこの場の顔ぶれを見回して肩を竦めて、
「別にどうでもいいでしょ、誰が上に立とうが」
誰にともなく言い放ち、目の前の扉を遠慮なく吹き飛ばした。
レオーネも、他の人達も呆然とする中、私は悠然と王の間に進んでいく。視線の先には、床に座らされた王と王妃、そして当然の様に玉座に座るアルジェンナと、その背後には人形の様に無表情のまま佇むランヴェルト。彼の首にはやはり例の魔導具が嵌められていた。そして、
「その子を解放しなさい、アルジェンナ」
そのさらに背後、見えない何かに張り付けられたミレイユ。眠らされているのか、目は閉じられているものの、どうやら無事のようだ。
「乱暴ですねぇ、お姉様。でも、ようこそおいで下さいました」
玉座に座したまま、まるで女王の様に足を組んでこちらを見下ろすアルジェンナ。彼女と、距離にして10歩程離れた位置で立ち止まる。
「最後よ、ミレイユを解放して失せなさい」
「大丈夫ですよ。もうすぐ全て元通りになりますから。残念ながら、この体はもうダメなのです。でもほら、そこに良い器がありますから」
なるほど、アルジェンナは今の体を捨て、魂をミレイユの体に移そうとしているのか。勿論、そうなればミレイユの魂は消えるか、運良く入れ替わったとしてもアルジェンナの体ではすぐに息絶えてしまう。どちらにしても彼女は助からない運命か。
・・・あぁ、本当に下らない・・・
崩れた笑みを浮かべるアルジェンナに、私はいよいよ我慢の限界を迎えた。
あるいは、コレを見逃した己自身への怒りかもしれない。
丁度いい、ここが潮時かもしれない。
どのみち、ミレイユを救う為には、、、
はぁ、と大げさに溜め息をついてみせると、アルジェンナも不審そうにこちらを見つめてくる。
「お姉様?」
私の態度に、王や王妃、いつの間に私の側に来ていたレオーネも困惑しているようだ。
それらを全て無視して、私は目を閉じる。そして、
(さぁ、目覚めましょう)
「お姉様、何を!?」
アルジェンナが何かに気付いたのか、玉座から飛び出してくる。けど、もう遅い。
「頭が高い」
一言、アルジェンナを見据えて言い放つ。瞬間、アルジェンナの体が床に叩きつけられる。
「っな!?ぁあ、、、」
あれほど猛威を振るったアルジェンナが、無様に這いつくばり藻掻く。それを無視して、私はミレイユへと歩み寄る。
彼女に手を伸ばしその体を拘束する魔力を、虫を払うように霧散させて解き放つ。
そのついでに、スッと手を翳してランヴェルトの首の魔導具を破壊する。そのまま崩れ落ちるランヴェルトは無視して、抱き上げたミレイユをレオーネの側へと連れて行く。
呆然とするレオーネの足を軽く蹴り飛ばして覚醒させると、そっとミレイユを床に横たえる。
少しして目を覚ましたミレイユが私とレオーネに気付くと、薄く微笑む。それに応えるようにレオーネも安堵の笑みを浮かべるけど、そのやりとりを他所に私は真っ直ぐに彼女を見つめて告げた。
「さぁ、ミレイユ。聖痕を受け継ぐわよ、覚悟は良いわね」
今回のサブタイトルには2つの意味があります。1つはもちろんミレイユですが、果たしてもう1つの意味とは、、、