307 天を往く鋼
その威容に私もクローネも思わず足を止めて見入ってしまう。
下から見る形は海を渡る船と近しい。
けど、その船体の下部には筒状の何かが幾つも飛び出ていて、更には側面からもそれは伸びていた。
そして、この位置からでも分かるのが船体の周囲を漂う雲、、、いや、煙だ。
明らかに船体上部から吐き出されているそれは、恐らく町のあちこちから上がるそれと同じ物だ。
その謎の飛行物体は、微かに風を切る音を響かせながらゆっくりと進んでいき、町の上から北の方へと飛び去って行く。
「船が、、、飛んでる、、、」
「なんじゃあれは?山の下にはあんな魔物がおるのか?」
二人並んで見上げていると、
「飛空機関船、貴女方は初めて目にする物となるでしょう」
いつの間にか並んで空を見上げていた女がそう口にする。
「飛空、、、機関船?」
「はい。そうですね、道すがらお話しましょうか。あの船の事も、この町の事も」
返事を待たず、女はまた歩き出す。
既に彼方へと小さくなった影を振り返り、私とスコーネは女の後を追って歩き出した。
私達を案内する女、名はオイトと言うそうだ。
随分と変わった名ではあるけど、どうやら本当の名では無く、教導者に選ばれた際に与えられる称号の様なものらしい。
そのオイトが言うには、この町も、さっきの飛空機関船も、蒸気機関という物が使われているらしい。
詳しい事はまるで分からないけど、そこら中から上がる煙がその蒸気とやらと関係があるそうだ。
特に、あの飛空機関船は最大の発明の一つらしく、あれ以外にも存在しているというのだ。
「とりあえず、魔導具とは違う、という事なのね?」
「はい。部品の一部として利用はしていますが、本質的には関係がありません。その魔導具にしても、蒸気機関により魔力を補給していますので、魔力補給の為の人員も必要ありません」
「人を介さずに魔力を補給ですって!?そんなのあり得ないわ!」
魔力は生き物が持つ力、命そのものと言ってもいい代物だ。
それを、訳の分からない何かが生み出せるなんて訳が分からない。
もしもそれが事実だとしたら、人が存在する意味が無くなってしまう。
だけど、オイトは私の穏やかならぬ声にも平静なまま、
「無論、魔力は命の源。本来ならば神の領域の産物でしょう。しかし、それ故に人の発展が妨げられるのもまた神の本意では無いと、巫女様に神託が降ったのです。それ以来、我らは許される範囲で更なる進化を模索して来たのです」
ここでもまた巫女か。
今の話が本当だとすれば、巫女とやらは神からの言葉を聞いているという事になるけど、、、
「つまり巫女は神からの言葉の代弁者という事?」
「そうです」
オイトは淀み無く答えた。
それ自体は周知された事実なのだろう。
だけど、そうなると一つ疑問が浮かぶ、、、巫女に言葉を与えている神は何者なのか。
私が知る限り、今存在し続けている神は一人だけだ。
そして彼女はその口で語ったのだ、他の神は皆居なくなった、と。
唯一、復活を遂げようと足掻く邪神が居るらしいけど、それを成し得ていない時点で論外という事になるはず。
「、、、何かございますか」
私の懐疑的な視線に気付いたのか、背を向けたままオイトが声を掛けてくる。
彼女に聞いてみるのも手ではあるけど、これまでの発言からすると、果たして答えを得られるかは分からない。
「、、、無駄だと思うけど一応聞いておくわ。巫女に言葉を与える神って何者?」
「、、、」
これまですぐに返事をしていたオイトが、言葉に詰まる。
その背からは、触れてはならない事に触れてしまった、とでも言いたげな気配が漂うけど、私には関係無い。
何よりも、彼女のその反応で大体の予想は付いた。
「巫女以外に神の正体を知る奴は居ないのね。ならいいわ、直接会って問い詰めるだけよ」
そう、どちらにしろ巫女と話をするのだ。
どうせそれすらも見越しているのだろうし、私は私の事を知る為に何だってする。
巫女が答えを出せるなら良いし、もしも何も得られなければ、、、得られなければ、私はどうしたらいいのだろう、、、
オイトに案内されたのは町の北側にある屋敷だった。
やはりここも蒸気とやらを吐き出していて、少し蒸し暑く感じる程だ。
特に説明なども無く、そのままオイトは中へと入っていったので私達も後に続く、、、その途端、
「、、、」
「何と、ここは胃袋であったか」
何処に隠れていたのか、私とスコーネを取り囲む様に数十人の武器を持った人影が現れ、その刃をこちらに向ける。
いや、これは私一人に向けられた明確な敵意だ。
それに気付いたのか、スコーネは早々に我関せずを決め込んでいる。
「流石は巫女とやらの手下ね。これもソイツの思し召しって事?」
ただ一人、何の感情も感じさせないままこちらを見つめるオイトに向けて、私も明確な意志を持って言葉を向ける。
「、、、いいえ、これは私の判断です。貴女の様な危険な存在を、マンベルに招く訳にいきません」
そう言い放ち、直後大量の魔力が彼女の周囲に集まる。
そして、、、