306 雪中に煙る町
先導をする様に前を歩く女の後に続いて、私とスコーネも町の中を歩いていく。
初めて目にする町並みに、スコーネは相変わらず子供の様に落ち着きなくアチコチへと駆け寄り観察をしている。
そして勿論、私も周囲に視線を飛ばしている。
町全体が暖かいのは、恐らくはあらゆる建物から吐き出されている白い煙が原因だろう。
加えて、地面に敷かれた石畳からも薄っすらと煙が出ていて、そのせいか足元からも暖かい空気が上がってきている。
そして、その暖かい空気は町を覆う結界によって逃げない様にされているようで、だけどそれでは空気が淀んでしまうから、人が出入りする門だけは結界が無く、外気が入り込む様になっている。
(魔導具による結界じゃないわね。でも人の手によるものでもない、、、これは一体)
右目の聖痕で調べてみてもその原理がまるで分からない、というか理解出来ない、の方が正しい気がする。
恐らく、私が知らない系統の魔法だからなのだろう、無理矢理深くまで知ろうとすると頭痛が走り、本能的に止めようとしてしまう。
(考えても仕方が無いわね。それよりも、、、)
現状、最も気になるのが、やはりこの暖かい空気を造っている謎の煙だろう。
住居らしき建物から出ている煙、最初は暖炉の物だと思っていたけれど、町の中だけに限れば暖炉で屋内を温める必要は無い。
こうして間近で見てみても、薪が燃えている煙とは確かに違うように思える。
それと同様に、住居以外の建物から上がる煙も何かを燃やしている煙とは違う。
何となくだけど、空に浮かぶ雲と似ている様に思えるのだけど、、、
「気になるならお聞き下さい。やたらと魔力を放たれては結界が綻びます」
流石に無遠慮過ぎたか、女に勘付かれてしまったようだ、、、まぁ、そもそも気を遣うつもりもなかったけれど。
だけど、お陰で切っ掛けは得られたし、気になる事は聞いておこう。
「そう、なら遠慮無く。その結界だけど、アレ何?」
「、、、いきなりですか。お気づきでしょうけど、この地にある魔法とは別系統の魔法です」
「、、、その言い回し、プリエールも言っていたわね。いい機会だわ、貴女達は何者なの?一体何知っているわけ?」
そう、ここ最近になって何度も聞いている言い回し、、、最初は別の国とか別の大陸を指しているのだと思っていたのだけど、それを口にした奴はほぼ確実に私が知る常識とは異なる知識を持っていた。
それ以外にも色々と見聞きした事も含めて考えてみると、ある予想が浮かび上がるのだ。
・・・私達が住むこの世界は、全てではない・・・
かつては誰しもが追い求めた謎、世界の果て。
唯一、その終端へと至った者もまた、果ての先には何も無かったと語っていたけど、もしもそれが違っていたとしたら。
その可能性を最も感じたのが、まさにこの町を覆う結界なのだ。
町の外からではその存在を認識出来ず、内に入るとハッキリと見て取れる。
それでいて私ですら理解出来ない未知の魔法、、、私が生きるこの世界に存在しないのであれば、残すは果ての外側にしかない。
私達がそれを認識出来ないのは、まさにこの町を覆う結界と同じものが張り巡らされているからではないのか。
そして、もしもそうだとすると、ネイが世界の果て探索を禁じたのにも更なる理由がある事にもなるのではないか。
彼女は聖痕遺跡の存在を知られないようにと語ったけど、あらゆる真実を知る筈の彼女がそれだけの理由で禁じるとは思えない。
或いは、東の果てからだと世界の果ての先を見通す事が出来るのかもしれない。
どちらにせよ、この世界がこんなにも狭く閉ざされているのは、どう足掻いても果てに至る事すら出来ないのは、果ての先が間違いなく存在しているからでないのか。
私の問いに、女は足を止めてこちらを振り返る。
「、、、それに答える事は、私には出来ません。プリエールより聞き及んでいるでしょう、私達は全て巫女様の御言葉により生きています。私がこうしているのまた、巫女様の御言葉が在ればこそなのです」
「それはつまり、巫女とやらは私がここに来る事も知っていたと?自分の下に案内しろと?私が何を目的としているかも分かっているとでも言うの?」
「私に告げられたのは貴女が訪れる事、そしてある場所へ案内する事、この二つだけです」
それだけ告げると、再び歩き出す。
その背からは、もう会話をする気は無いという意思が見て取れる。
だけど、今の会話で分かった事もある、、、私の予想は恐らく正しい。
もしも世界が私が知る範囲だけなら、否定すれば終わる。
にも拘わらず彼女は答えられないと言った、、、それはもう肯定と同じだ。
もう少し聞き出したい事もあったけど、どの道巫女の下に行けば知りたい事は知れるだろう。
そのあとは、、、
「ちょっと、、、アレは何!?」
突然、空が暗くなり、何事かと上を見上げた私は思わず大きな声を上げる。
隣に来ていたスコーネも目と口を丸くして私と同じ光景を見上げていた。
・・・町の上、結界のすぐ側を、鉄の塊が飛んでいたのだ。