304 未知へ至る道
スコーネと名乗る元トカゲ、今は無駄に背の高い美人へと変化した女。
私を見極める為に、という理由で同行する事になった、、、のはいいんだけど。
「、、、変わったのは見た目だけなのね」
頂上を超え、いよいよ山を下り始めたのだけど、道中で襲い掛かる獣や魔物をスコーネは容易く屠っていく。
そう、比喩でも冗談でもなく、彼女は獣達を片手で制し、地面に叩きつけていくのだ。
完璧なまでの人の姿に反して、その力は巨大なトカゲ姿と変わらないのだろう、全く意味が分からない。
いや、登りの時の苦戦を思い返して不貞腐れている訳では無い、、、多分。
そんな訳で、余りにも順調な道程にあっという間に中腹まで辿り着いた。
後方の気配はまだ頂上の手前、つまり山を挟んだ向こう側に居るからもう追いつかれる事は無い。
「うむ、山をこうして下りるのは始めてだが、中々に楽しいではないか!」
やけに上機嫌で前を歩くスコーネが声を弾ませる。
「そういえば貴女、幻獣とかって言ってたわね。それって一体何なの?」
「んむ?そうか、それももう失われてしもうたか。何とも、時の流れは誠厄介よのう」
クルリと向きを変え、器用に後ろ向きに歩きながら彼女が答える。
「幻獣とはな、大いなる始祖により産み出されし存在よ」
「始祖?それって神とは違うの?」
「そうさの、、、神ではある。但し、お主らが知る神では無い」
スコーネは腕を組み、首を左右に振りながら言葉を探しているようだ。
だけど、私にも思い当たる事が一つある。
「もしかして、、、女神?」
私の言葉にスコーネは目を閉じ、
「、、、ワルオセルネイめ、口を滑らせたな」
小さな声でそう呟く。
その口調は僅かな怒りと、それ以上に嬉しさが含まれていて、彼女の顔にも薄い笑みが浮かんでいた。
「偶然聞こえただけよ。でも、あの口ぶりからすると女神とやらはネイ達とは別の存在なのね?」
「そうじゃ、女神は全ての始まりたる存在。ワルオセルネイ達は女神より別たれた、謂わば子供よな。そして我等幻獣は、女神により産み出され、世界を守護する役目を与えられた」
「それって、ネイ達とは違う事なの?」
「うむ。神々は天上より世界の理を維持するのが役割。幻獣は世界に降り立ち、世界の成長を促す。無論、過ぎた干渉はせぬがな。じゃが、永い時を経て我以外は何処かへと去った」
「それって、、、」
そもそも、この世界に幻獣なんて存在が居た事すら私達は知らない。
それはつまり、彼等は遥か昔に失われたという証。
そして唯一人、スコーネだけは生き残り、断絶山脈の頂きで独り過ごしていた、、、途方も無い時を。
「分からぬ。そも、我は他の者達とはまた違う役割を与えられたが故、ほぼ独りで在り続けたからの。じゃが、同胞の気配は感じ取り続けていた。それが一つまた一つと消えたのも、な。それが果たして使命を全うし眠りに就いたのか、或いは、、、」
考えられる可能性は幾つもある。
スコーネを見る限り、強大な力を持ち、永遠の命も持っているようだけど、他の幻獣が同じかは分からない。
何せ、その存在すら伝承されていないのだ。
目の前に居る彼女こそ、確かにこれまでに見た事も聞いた事も無い存在ではあるけれど、、、
断絶山脈の中腹も過ぎ、眼下に地上が見え始める。
道中、スコーネから様々な話を聞いたけど、そもそも人との関わりが無かった彼女だ。
あまり多くの事を知らないそうで、更には肝心な神に関する事についても、存在自体は知っていてもそもそも関わる事が無かったそうで、あまり得られた事は無い。
それでも、やはり永い時を生きてきたからか世界の成り立ちや変遷についてはかなりの知識を持っていた。
「主らが求める世界の果てなぞ、何も無い終わりの地よ」
「その外には、何も無いの?」
スコーネは器用に岩の上を飛び移りながら、私に視線を向ける。
「先にも言うたが、世界は永い時を経て形を変えてきた。この地が今の形になったのも遥か昔。して、我もまたそこに連なるからのう、残念ながらその先がどうなっているかは分からぬ。言い方を変えれば、我はこの地に縛られておる。女神から与えられた役割より逸脱する事は叶わぬ」
彼女の話のお陰で、少なくとも世界はかつてもっと広かったという事は分かった。
そして今の世界の形も、遥か昔に形成された事も。
以前、ゼイオスが語った世界の果ての光景。
私達が住む世界の果ては海の切れ目であり、その遥か下にはただ海だけが広がっていたという。
だけど、、、
(プリエールは確かに言ったわ。巫女はこの地には居ない、と。もしもあれが、この世界の事を指しているとしたら、巫女は下の海に居るという事になる、けれど、、、)
あのゼイオスですらそこを目指す事を諦めた、いや、そもそもそこに行こうとすら考えなかった。
スコーネの話を聞いてみて、改めてそこに何か違和感を覚える。
果たして、本当に世界はこんなに狭いのだろうか。
私自身にも秘密があるように、この世界もまた途方も無い秘密が隠されているのではないのだろうか。
そしてそれは、
「繋がっている、、、私はその中心に立っている、、、まさかね」
余りにも馬鹿馬鹿しい話だ。
けれど、、、