3 聖女は思い馳せる2
18年前、私はとある宿場町の、町はずれの小さな家で生を受けた。母の事は何も知らない。
なにせ、私を産み落とした代償に命を落としたのだから。
町の人達は皆親切で、孤児となった私を大事に育ててくれた。私が物心付く頃には色々な事を教えてくれ、5歳を過ぎた頃からはちょっとした手伝いを任せて、代わりにお小遣いや、時には同年代の子供が居る家に泊まらせてくれたりもした。
そして私が10歳になる頃に全てを話してくれた。
母はある日、単身でフラリとこの町にやってきたのだそうだ。しかも大した荷物も持たず、加えてその時既に私を身籠っていたのだという。多くを語らない母を見て、町の人達は母が王都の貴族に弄ばれ、捨てられたのだろうと思ったそうだ。
母は身重な体で無理をしてきたのか病を患っており、大きくなるお腹とは逆に日に日に衰弱していった。王都から2日掛かるこの町には幸いにも、小さいながらもちゃんとした医院があり母の診察と、出産の準備はしてくれたそうだ。
だが、それでも母の病状は改善せず、とうとう出産の時が訪れた。医者や手伝いに来た子育て経験のあるおばちゃん達が見守る中、母は私を出産。息も絶え絶えな中、震える声で、
『リターニア、、、どうか、、、この子を、、、、、、』
そう言い残し、息を引き取ったのだという。
真実を知らされてからさらに5年、私は町の人達の手伝いをして駄賃をもらい、生活をしていた。代り映えのない、それでも日々多くの日が行き交う町で幸せに暮らしていた。親が居らずとも、町の人達皆が親代わりで、近い年の子達と楽しく遊んだりして、満たされた日々を送っていた・・・あの日までは。
15歳になってしばらくしたある日、王都を守護する王国騎士団から伝令が走ってきた。
・・・北の山脈の麓に広がる森から、大規模な魔物の群れがこの町に迫っていると・・・
騎士団は町を討伐部隊の拠点として、大規模な掃討作戦を開始すると通達してきた。加えて魔獣討伐協会にもハンターの派遣を依頼したとの事で、町は一気に大騒ぎとなり、幾つかある宿からは宿泊客が追い出され、団員達とハンター達へと解放された。
医院も広さが足りないと広場や空き地に仮設の野営テントが設置され、それ以外にも様々な物資が運び込まれ一気に物々しい雰囲気へと変わっていった。
そんな中、町から少し離れた所にひと際豪華な天幕が設営されている事に気が付いた皆が何事かと話していた。
緊張感が漂う中でもどこか浮き足立つ町の人々を横目に、私はいつも通り知り合いのおばちゃんの手伝いをしていたのだが、、、今となってはあの時に察して逃げていればよかったなとつくづく思う。
町が討伐拠点となってから数日後、伝え聞いたところでは騎士達とハンター達が何やら上手く魔物達を分断して、大きな被害もなく戦況は動いているらしかった。思いのほか普段と変わらない日々に私もホッと胸を撫でおろしていつも通り手伝いをしていたのだけど。
その日も何件か手伝いを済ませた後、私は町のすぐ南に広がる森の中へと水を汲みに向かっていた。普段なら町の井戸を使うのだけど、今は騎士団が優先して使うとの事で森の中にある泉を使うように言われていたのだった。
ご丁寧に、泉までの道は騎士団が整えてくれていたので特に迷ったり、野生の獣と遭遇するなどの危険はないのでのんびり空を眺めながら水を汲んでいた。そこに、
「おや、君は、、、」
唐突に、背後から声が掛けられた。
町の誰かが水を汲みに来たのかな、と振り返るとそこには1人の少年が立っていた。見たところ、私と同じ年頃のその男の子は、太陽の光を受けて燦然と輝く金の髪を風になびかせていた。だけどそれ以上に、
・・・ドクン、と。胸が高鳴るのを確かに感じた・・・
彼を見た瞬間、何かが込み上げてきた。背筋をなぞる様な感覚に思わず顔を顰めると、相手の少年が私と同じ様に顔を顰めながら右手の甲を見つめた後、呆然としたように呟く。
「君は、まさか、、、聖痕を持っているのか、、、?」
その呟きは私にも、そしてちょうどそこへ現れた王族を護衛する近衛騎士達にもはっきりと聞き取れた。
彼の一言に周囲がざわつく中、1人冷静に状況を把握した私は思ったのだ。
(うわ、やらかしたわ、、、)
3年前のあの日を思い出し、またしても自身の失敗を痛感して顔を顰めてしまう。
あの後私はその少年、フェオール王国の王子であるレオーネ・フェオールとその近衛騎士に囲まれて半ば強引に例の豪華な天幕へと連れて行かれてしまったのである。
そこで王子がなにやら熱弁を揮い、当の本人である私の意志を無視して王都へ連れて行く事が決定されてしまった。しかも、大変優秀な王子の従者達がいつの間にか町の人達に話を通してしまい、その過程で私が孤児だと知り、家まで突き止められた挙句大して多くない荷物まで纏められていたのだ。
完全に逃げ道を塞がれた私は町の人達への挨拶もそこそこに馬車に押し込められて王都へと旅立ったのだ。
(城下町には何度か来たことあるけど、まさか王族貴族共が巣食う魔窟に放り込まれるなんてね)
遠ざかる王城をチラッと見て、視線を馬車の進行方向へ向ける。王都を囲む巨大な城壁、そのうち東西南北それぞれに設けられた門はこの国の象徴とも言っていいほどに堂々と聳え、その口を開き、各地から訪れる人々を受け入れ、あるいは王都から旅立つ人を送り出してきた。
そして私もまた、2度とここには戻らないだろうという思いを胸にその門から旅立った。
王都から私の故郷の町までは馬車で2日ほど掛かる。道中で一晩野営をし、再出発して到着するという道程で、12歳頃から買い出しの手伝いで町と王都を往復した事がある私にとってその辺りの段取りには慣れたものだ。
王都から無事に脱出した私は大きく息を吐きだすと、ようやく全身から力を抜いた。野営地までまだしばらくあるが、だからと言って特別やることも無い。そんなこんなで気が抜けたからか、つい振り返ってしまったのだ。
・・・王都に、あのフェオール王国の王城にて過ごした、ある意味生まれ育った15年間よりも遥かに長く、感じた3年を・・・
ここからしばし回想でございます。とはいえ今後のためのあれやこれやの説明回でもあるのでお付き合い頂ければと思います!