297 真実に照らされ
グレイス・ユールーン。
忘れもしない、魔王だった私が最後にその魂と聖痕を奪った聖女。
後の世に於いて、裏切りの聖女と呼ばれ、その名を消された私の罪の象徴の一つ。
彼女は長きに渡り私の魂の内に潜み、何かをしていた。
ウルギス辺りから干渉が減り、ここ暫くは鳴りを潜めているから、恐らくは完全に私の魂と一つになったと思われるのだろうけど、、、
フードの下から現れた顔は、今も鮮明に残るかつての記憶の物とほぼ同じだ。
いや、よく見てみれば違いはあるのだけど、全体的な印象がグレイスを髣髴とさせるのだ。
呆然と立ち尽くす私と、少し離れた位置からグレイス似の女を警戒するネイ。
そして、当の本人はネイの事など意に介さない様に真っ直ぐ私を見つめていた。
「、、、貴女と事を構えるつもりはありません、ワルオセルネイ様」
ただ静かに、そう告げて敵が無い事を示す。
だけど、言葉とは裏腹にその態度は頑として譲らない事を表明している。
「、、、貴様、よもやマンベルの手の者か」
「御明察でございます。であれば、私の目的もまたご理解頂けるかと存じます」
「ならぬぞ。其方らの事は理解しておるし、信頼もしておる。だが、それとこれとは話が別じゃ。リターニアを巻き込むならば、相応の覚悟はしてもらおうぞ」
俄かに殺気立つネイと、それでも尚表情を崩さない女。
置いてけぼりの私だけど、頭の中では色々と考えが巡っていた。
(マンベル?聞いた事の無い名前、なの?でも、ネイは知っている、というよりも協力関係にある?というかこの女、ネイの真名まで知っているの?一体何者?)
この僅かな間で幾つもの謎が浮かび上がる。
だけど、私が混乱している間に状況が更に動く。
女がゆっくりと振り向き、ネイと向かい合う。
それを敵対の意思と受け取ったネイが即座に魔法を放つ、けれど。
女は身動ぎ一つせずにそれを受け、、、
「えっ、、、」
目の前で起きた現象に、知らず声が漏れる。
ネイの放った魔法は女に触れた瞬間、まるで幻の様に掻き消えた。
「チッ、やはり通じぬか」
「無論です。この領域に於いては確かに力は増すでしょうが、それでもこの身には届きません。そして何よりも」
女は袖の下から何かを取り出すと、それをネイへと見せつける様に掲げる。
私の位置からではそれが何か見えなかったのだけど、ネイはそれを見た瞬間に目を僅かに細め、戦闘態勢を解いてしまった。
「よもや、巫女直々の指令とはな」
「はい、我らが巫女様が予言されました、、、聖域の崩壊が見えた、と」
「信じられぬ、、、だが、彼の巫女に齎されたとなると、、、」
女の言葉に、ネイは目を閉じて思案に耽る。
その隙に、女が再び私へと向き直る。
「貴女、一体何者なの、、、何を知っているの」
女が口を開くよりも先に、私は疑問をぶつける。
私だけが除け者にされているのはまだいい、だけど、そのまま話を進められるのは流石に許容出来ない。
だけど、女は相変わらずの無表情。
その顔を見て、あの時のグレイスもこんな感じだったな、なんてどうでもいい事を思い返してしまう。
「貴女様の疑問は最もでございます。しかしながら、私には答える権限がありません。唯一つ、言える事があるとするなら」
「、、、」
「貴女様は全ての中心に居られるのです。今も、百と十八年前も、、、そしてこの先も」
咄嗟に魔力を高めようとして、だけどそれを理性で抑え付ける。
今の反応は明らかに私の意志ではない、、、だけど、私の本心でもあった。
触れられたくない過去までも知るこの女は一体何者なのか、その目的は何なのか、、、私が全ての中心に居るとは一体どういう意味なのか。
「成程、やはり貴女様は冷静な御方だ。全ては我らが教導者様が直接お伝えします」
「巫女とやらでは無く?」
「、、、巫女様はこの地には居りません。巫女様からの御言葉は秘儀により教導者様へと伝わります。そこから下位の物へと伝達されるのですが、此度に於いては特務故、私にのみ命が下されました。理由は、既にお気づきでしょうが」
「、、、まさか、本当に血縁なの?」
私の予想は果たして正解だった。
この女は、グレイス・ユールーンの子孫だ。
いや、彼女には子供なんて居なかったはずだから、つまり。
「そうですね、私の身の上程度なら語れましょう。ワルオセルネイ様も思案の最中ですし」
女はローブを脱ぎ、真っすぐに姿勢を整えると改めて口を開く。
「私の名はプリエール・ファラウス。そして、曾祖母の名はアメイジア・レメイア。結婚し、曾祖父の姓に変わりましたが、それ以前の姓は、、、ユールーン。正真正銘、グレイス・ユールーンの妹です」
ああ、やはりそうか。
女、プリエールの言葉に私の昂っていた心が落ち着きを取り戻す、、、直後に、更に想像を超える真実を知る事になる。
「もう一つだけ、、、私には姉が居りました。姉はグレイス様に匹敵する程の強い力を持ち、それ故巫女様にも認められておりました。ですがある日、純潔のまま子を宿しました、、、巫女様の予言通りに。姉は運命を受け入れ、子を産み、役目を果たしました。その子供こそが、貴女なのです」




