296 訪れ
鈍った体を解しながら町を散策する。
盟主ネイからもお許しが出て、五日ぶりにこうして外で体を動かしているけど、やはりまだ何処か体は重い。
頭の方はかなりスッキリとしたし、魔力の扱いも問題無し。
聖痕に至っては、寧ろ今までに無いくらい好調で、エオローを発つ時の不調が嘘のようだ。
それについてネイからは、
「一度魔力切れを起こしたせいで、今まで使われていなかった深層の力を解放した影響かも知れぬな。それはどう足掻こうと本来は人と相容れぬ力じゃ。兎角、其方は複数の聖痕を持つという有り得ぬ状態、無理は禁物ぞ」
との言葉を頂いた。
多分だけど、ネイも人と聖痕がどういう繋がりを持っているかは分からないのだろう。
神ですらそんななのだ、それを人が解き明かそうだなんて到底無理だろうし、何なら私ですら理解が及ばない領域だ。
不安要素はまだあるけど、一応は元通りになった自身の両掌を見つめ、最後に残された謎を改めて考える。
消えた記憶。
かつて、私は魔王と呼ばれた。
その記憶もあるし、己の行いも、その末路もハッキリと憶えている。
だけど、その記憶には穴がある、、、いや、何故かは分からないけれど、今になって理解出来た事がある。
私の記憶は消えたのではない、まるで何かに覆われているかのように見えないのだ。
それも、一度黒く塗りつぶされた後、それをも覆い隠さんと眩い光に焼かれたかのように。
この地で魔力切れを起こして倒れた前後の記憶もまた、同じ様な状況なのだと把握出来た直後、連鎖する様に過去の記憶もそうだと理解出来たのだ。
ネイはああ言っていたけど、彼女の言葉は間違いなく嘘だ。
そもそも、私は魔力切れで倒れたのではない。
目覚めた後の症状こそ、確かに魔力切れではあった、それは私が良く分かっている。
だけど、それは私が倒れる前に起きた何かが原因だ。
そしてそこにネイは関わっている、いや、彼女は全てを知っているだろう、、、なんだけど、どうしてかは分からないけれど、そこに誰かもう一人居た様な気がするのだ。
それも、私にとってとても身近で、だけど相容れない、そんな気がする誰かが。
いや、問題はそこではない。
過去と今、二度も私の記憶は失われた。
これが何を意味するのか、、、今、私が立てられる推測は一つ。
「間違いなく邪神絡みよね、これ」
胸元に手を当て、自問する。
当然、そこにある聖痕は何も反応は示さない。
今までに無い程に調子は良いのに、それがどうしても不穏に感じられるのは、果たして一体、、、
気分転換のつもりの散歩だったけど、結局は答えの出ない思考に逆戻りしてしまった。
本来の目的である、私の過去を探る旅もある意味では答えを得られはしたのだけれど、結局何も解決した訳では無い。
ネイに全ての真相を問い質しても絶対に答えは得られないだろうし、最悪の場合、また記憶を消される可能性も有り得るだろう。
彼女からすれば、邪神を復活させない為ではあるのだろうけど、そう何度も記憶を消されては堪ったものではない。
「、、、ネイも味方ではない、と思った方がいいのかもね」
最も最悪の想定ではあるけど、彼女が私に対して嘘の話をしている以上、信頼関係をこれ以上の物にする事は不可能だ。
それは盟主ネイだけではない。
皇王ネイにしても、私に対する態度は何処かおかしいのだ。
気を遣うというよりも、何かを恐れているが故にそれに触れない様にしている、とでも言えばいいだろうか。
そうなると、これ以上オセリエとエオールで出来る事は無いという事になる。
ネイを頼る事は出来ず、伝手も無いこの地で、私の旅は半端なまま終わりを迎えてしまう事になるのだけど、、、
それは本当に突然だった。
町の外れで一休みしていた私は、そろそろネイの館に戻ろうと立ち上がった。
その背後に、予兆すら無く人の気配が現れる。
それに気付けたのは今の私が絶好調だったから、としか言いようがないけど、咄嗟に振り返るとそこには見た事の無い服装をした人影。
頭はフードで覆われていて口元が僅かに覗く程度だし、そこから続くローブも真っ白な生地に金色の刺繡が施されていて、、、いや、これは。
「、、、ローブの魔導具?いえ、それとも違うわね。何者なの?」
ローブの表面にあるのは刺繍ではない、金色の光はローブを規則正しく流れる光だ。
それは魔力の光では無く、かといって魔導具でもない。
私の問いに、ローブ姿はその場に片膝を突き、首を垂れた。
そして、
「貴女様に、我らが主より言伝があり参じました。ご無礼は承知の上、しかしながら、この地の神に悟られてはならない故、こうした方法を取りました」
私と同じ位の背丈だから予想はしていたけど、ローブ姿から発せられたのは落ち着いた雰囲気の女の声だった。
「主?いえ、それよりも貴女、神の事を知ってるの?」
「そこなローブ姿よ、何者じゃ!」
彼女が答えるよりも先に、ネイの声が響く。
同時に強烈な風が吹き抜け、ローブ姿が煽られてフードが捲れ上がり、その下の顔が露わになる。
「、、、貴女、その顔、、、」
その顔を見た瞬間、私の思考は停止した。
何故なら、それはとてもよく知る人物と瓜二つと言っていい程に似ていたのだ。
「、、、グレイス・ユールーン、、、?」