295 仮初
私を苦しめていた光が、別の光に掻き消されていく。
その光は暖かくて、導かれるようにして私は目を開いた。
目の前に広がるのは一面の海だった。
体を起こし、寝惚けような視界の目を擦って辺りを見回す。
「あれ、、、えっと、、、」
何で自分がこんな所で寝ていたのか思い出せず、とりあえず立ち上がろうとしたのだけど、膝から力が抜ける様に崩れ落ちて尻餅を突く。
目眩にも似た頭の重さに気が付き、そこでようやく自分の状態を理解した。
「魔力が少ない、、、?でも何で、、、」
「おお、目が覚めたかの」
不意に声がして振り返ると、そこには何故かは分からないけど、盟主ネイが居た。
彼女は手に何かを持って小走りで駆け寄ると、私の背に手を添えて体を支えてくれた。
「あ、ありがとうございます。でもどうしてここに?」
私の問いに、彼女は僅かに困ったような表情を浮かべ、
「其方に護衛を付けていたのは気付いておろう。その者が、其方が魔力切れを起こして倒れたと報告してきよったのじゃ。全く、驚かすで無いぞ」
小さな子供を叱る様な物言いだけど、それとは裏腹に口調はとても優しかった。
それにしても、私が魔力切れを起こして倒れるなんて、、、だけど確かに、倒れる前の記憶が曖昧になっている。
そもそも、何でこの崖に来ているのかすら思い出せないのだ。
「確か、、、最初の町を出て、、、あれ、何で町から出たんだっけ」
「其方がここの景色を気に入ったと申した故な、気分転換も兼ねて妾が勧めたのじゃ。しかし、やはり聖痕遺跡に行かせたのは失敗であったの。其方も気付かぬ程に魔力を喰らっておったとは、済まなかったの」
ああ、確かに彼女と共に聖痕遺跡へと向かったのは覚えている。
やはり神が守護する領域、私も無意識に障壁を展開して神の力に飲まれない様にしていたのだろう。
その結果、流石の私ですらも魔力の回復が追い付かない程に消耗していた、という事か。
もう一度海の向こうへと目を向けてみる、、、無意識のうちに、自身の右手が胸元に添えられていた事に気付かないまま。
その後、盟主ネイの持ってきてくれたパンを食べて僅かながらに体力を回復させたのだけど、やはり魔力不足による不調はそう簡単には治らず、彼女と共に馬車で町は戻る事になった。
「さて、改めてではあるが妾の不注意故、其方に苦労を掛けてしもうた。済まなかった」
「いえ、自分の状態すら把握出来てなかった私の落ち度です。それに、こうして迎えに来て下さいましたし」
まぁ、車内では終始こんな感じのやり取りが続いたのだけど、気が付いた時には私は眠っていたようだ。
次に目が覚めた時は既に翌日で、何なら盟主ネイによって暫くは療養するようにと言われてしまった。
それも、側付きが交代で看病するというおまけ付きで。
まぁ、これはどう考えても私がコッソリ抜け出すのを見張る為だろう、、、残念。
とは言え、事実として儘ならないのも事実な訳で。
魔力切れとはつまり、死ぬ寸前まで至ったかなり危険な状態なのだ。
常人であれば、どの道そのまま死に至る事もあるし、熟練の魔法使いでも数日はまともに魔法は扱えないどころか、身動きすら取れないのが普通だ。
私ですら、意識はハッキリしてても少し気を抜くと気を失う様に眠ってしまうのだから、それだけでどれだけ重篤な状態か分かるだろう。
実際、ベッドで横になって休んでいると猛烈な睡魔に襲われて一日のほとんどを寝て過ごす羽目になった、どころか数日間は起きている時よりも寝ている時間の方が長い有様だった。
結局、まともに動ける様になるまで五日掛かった。
側付きの看病は驚く程至れり尽くせりで、私が言わずとも先んじて動いていたりするのだ。
まぁ、盟主の世話をするとなるとそれ位は出来ないといけないのだろうけど、まるで心を読まれているみたいで何処か落ち着かなかったのは内緒だ。
ともあれ、ようやく体もいつも通り動くようになり、魔力も十分回復した。
だけど、やはり倒れる前後の記憶は曖昧なままで、自分の身の変化に気付けない不甲斐無さには腹が立つ。
「そういえば、聖痕はあまり使うなって言ってたわね。もしかして、それも関係あるのかな」
町を出る前に、盟主ネイに言われた事を思い出す。
その辺りの記憶はハッキリとしてるから、多分町を出た後に聖痕を使わざるを得ない事があったのだろうけど、、、
「うーん、ダメね。町を出た後の事がまるで思い出せないわ」
どれだけ思い返してみても、私の中には町を出る辺りまでしか記憶が残されていない。
記憶が無い事もそうだけど、何よりも今の状況が何かと似ている様で余計に気になってしまう。
「、、、やっぱり外の空気を吸わないと。流石に籠りっぱなしじゃ良い考えも浮かばないわよね」
自分の頭が悪い方にばかり行っている事に気付いて、私は一度考えるのをやめる。
ここはやはり、外に出て陽射しを浴びて、新鮮な空気を吸うのが一番だ。
だけどその前に、私は部屋の外に控えている看病役の側付きに声を掛ける事にした。
いや、流石に五日も汗を流してないんじゃあ、色々とね。