293 暗躍
放たれた魔力塊によって辺り一体の空間そのものが闇に飲み込まれる。
その中で、私は目の前の光景を優越感に浸りながら見下す。
「ぐっ、、、おのれ、貴様!」
真っ先に噛みついてきたのはチビの方の姉だ。
圧し潰そうとしている闇を障壁で押し返しながら、真っすぐ私を睨む。
「何故じゃ、貴様は封印に押し返したであろう。それをどうやって抜け出てきよった」
一方で冷静なのは本来の姿をした分体だ。
障壁を張りつつ、私だけでなく、その奥に居る人形にも意識を向けている。
だけど、その全ては無駄に終わる。
何故なら、時間稼ぎは既に済んだのだから。
だから、このまま圧し潰してしまってもいいのだけど、、、未だに抵抗を続ける姉はこの状況を打開する術を探っている。
その滑稽な姿をもう少しだけ見ていたい。
「フフ、お姉様のその愉快な姿に免じて、少しだけ教えてあげますよ」
確かに、私は封印に意識を押し戻された、、、様に見せ掛けた。
そもそも、私の封印はほぼ全て解けているのだ。
ただ、肝心の体の封印が実は別の物だった。
要は、体と魂を分け、それぞれに別の封印を施していたのだ。
姉が楔はまだ残っていると言っていたのはその事で、だからこそあの愚か者は見落としたのだ、、、魂側の封印は私の意のままになっている事に。
そう、私は魂の封印を既に掌握している。
ヤーラーンでの一件は人形の枷を壊すのに大いに貢献した、そのお陰で私はこうして自由に表に出る術を得た。
だけどその前、ウルギスで少し強引に表に出た時に姉が私に気付いてしまった。
だから、万全を期す為にヤーラーンでの小細工を経て、姉の本拠地へと乗り込んだのだ。
小さい方の姉は私に全く気付かない腑抜けっぷりで、終始人形に心を砕いていて呆れてしまった。
だけど、大きい方はしっかりと私を警戒していた。
無理矢理引き摺り出された上、好き放題言われて封印の奥に押し戻された、、、という演技をしてあげたのだ。
「で、その後は人形を誘導してこの国の姿を見せてあげたの。その結果がコレよ?」
少し力を加えて、姉を圧し潰さんとしている闇の圧力を強める。
「ぅぐっ!こ、これは、、、」
小さい方が呻き、膝を突く。
それを支える様に大きい方が更に力を注いで障壁で押し返すけど、果たしてそんな事をしてていいのかしらね。
「貴様、、、この地を平げんとするか!」
何て事でしょう、苦し気に顔を歪めながらもまだ私に向かって吠え掛かるなんて。
その姿に私は涙を流したくなる、、、嗤い過ぎてね。
「何が可笑しいかっ!」
「だぁってぇ、まだ気付いてないんですもの。私がどうして今表に出ているのか、を」
「なにっ!?」
やっぱり、本当に何も分かってないお馬鹿さんだこと。
まぁ、今の状況じゃあ仕方は無いでしょうね、そもそも人形が魔力を集めるのも私がそうするように内から操った訳だし、その魔力も姉が飛んでくる直前まで私が結界を張って感知されない様に仕組んでいたのだ。
あの時の慌てっぷりときたら、まぁ見てて気持ちが良かったわね。
おっと、話が逸れたわね。
そろそろ、この愚かで哀れで無様な姉の正体と、この国の真実を人形にも教えて聞かせないと。
左手を胸に添え、そのまま体内へと沈み込ませていく。
「貴様、何を、、、」
驚きに目を見開く姉を無視して、左手で己の内を探る、、、そして。
「さぁ、お姉様のだぁいすきな人形ちゃんとご対面よ」
左手を引き抜く、、、その手の先に、あるものを握り締めて。
それを見せつける様に手を開き、掲げて見せる。
「まさか、、、それは、、、」
「、、、何を、しておるのじゃ、、、」
二人の姉の顔から表情が抜け落ちる。
当然だ、何せこの手にあるのは人形の魂、、、無様にひび割れ、ドス黒く染まり切った、私が育て上げた魂なのだから。
「会いたかったんでしょ?コレに。さ、感動の再会も済んだ事だし、全てを明らかにしましょうか、、、貴様の罪を!」
高らかに謳い上げ、辺りを覆う闇の帳を振り払うと一気に光が降り注ぎ、心地の良い風が吹き抜ける。
私の心はとても清々しい、、、まぁ、体は人形のだから微妙に馴染まないのだけどね。
だけど、そんな気分に水を差す馬鹿者も居る訳で。
「何故じゃ、、、どうしてここに、、、」
「、、、幻覚ではない、、、本当に、この場に居るのか」
馬鹿な姉が全く同じ阿保面で辺りを見回している。
それもそうだろう、、、何故なら、ここはオセリエでもエオールでもないのだから。
澄んだ空気に、近い空。
何よりも、手を伸ばせば触れられそうな所を流れる雲、そして、見た事の無い動植物。
まぁ、それは人間共に言わせれば、だけど。
私からすればこここそが本来の世界の姿、人などと言う蛆虫共が蔓延る前の、本当に美しかった頃のこの世界の本当の姿なのだ。
そして、こここそが愚かな姉が隠していた真実、そしてあの憐れな二つの国の家畜共が生かされている理由。
「やっぱりここの空気は良いわね。蛆虫に冒された仮初の地上とはまるで違う、、、故郷って呼ぶに相応しいわぁ」
舞い踊る様に懐かしむ私と、そんな私に色んな感情を込めた目を向ける姉。
その姉に、私は告げる。
「さぁ、邪神復活、その最後の楔を破壊しましょう。この封印の地、天を往く最後の聖地、シゲルムを!」