291 憧れ
魔王を名乗っていた時とはまた違う、闇に葬りたい過去を思い出した所で改めて目の前に立つ女を観察する。
いや、その立ち姿はどちらかというと立ちはだかるといった風情なのだけど、まぁ強ち間違いでも無さそうだ。
「こんな田舎臭い小娘がねぇ。確かに外見は悪くないけど、聖女って呼ぶ程かしらねぇ」
うーん、この閉ざされた国でよくぞここまでの逸材が育ったものだ。
早速前言を撤回しないといけない、彼女は正しくフェオールのご令嬢方と同じだ。
己に絶対の自身を持ち、他者の全てを下と見做す。
確かに、彼女にドレスを着せて化粧やらを施せばかなりの美人にはなるだろう、、、それがこの国でどれだけ意味のある行為なのかは知らないけれど。
ただ一つだけ、確かな事は、
「私を見ていたのは貴女じゃないわね。誰が呼び寄せたの?」
私に向けられていた気配は彼女のものではない。
この女にあんな芸当は出来ない、だけど、間違い無くこの場には居る。
私は女を無視して辺りをもう一度見回す、のだけど。
「何訳の分からない事言ってんのよ!皆、アンタがこっちに近付いてくるもんだからって急いで隠れたのよ!そしたら、こんな芋臭い小娘が来て!アンタこそ何なのよ!」
なるほど、最初の騒めきはそのせいか。
だとすると、私はまたしても謎の存在にここへと導かれたという事になる。
まぁその事は予想はしていたし、今の状況もまぁこうなるだろう程度には想像していたから別に良いのだけど。
「貴女、やけに偉そうだけど私とそう変わらない位でしょ?あまりみっともなく喚いてると惨めにしか見えないわよ」
「なっ!?」
澄まし顔があっという間に真っ赤になる。
怒りのあまり言葉が出てこないって所だろうけど、その反応も全くもって記憶の中の彼女達と同じで、申し訳無いけど笑いを堪えるのが大変だ。
そんな私の様子に彼女は更に怒りを昂らせていくのだけど、周りの連中は誰も彼女を止めようとしない。
いや、どちらかと言うと私に関わるのを嫌がっているようで、彼女の背後に何人かの人が集まってはいるのだけど、なかなか前に出てこれないらしい。
私としても、私をここに導いた奴と話がしたいだけだからさっさと立ち去りたいのだけど、、、
「ちょっと!何さっきから黙ってんのよ!何か言ったらどうなの!?」
目の前の女はそう簡単に逃してはくれなさそうだ。
フェオールの時もそうだったけど、この手の奴は中々にしつこいのだ。
それでいて、いざ何かされそうになると親に言い付けるだのと喚くのだから始末に負えない。
「じゃあ聞いてあげるけど、何が言いたいの?外から来た私が羨ましいの?盟主に特別待遇を受けてるのが妬ましいの?」
「誰がアンタなんかに!私はこんな所で終わりたくなんかないだけよ!」
「なら外に出ればいいじゃない。それとも、自分の本当の価値が分かっちゃうのが怖いの?」
あ、少し言い過ぎたようだ。
今の今までに怒りに満ちていた女の顔が瞬く間に悲しみに歪み、目元に涙が溢れ始める。
だけど、
「そんな事、出来てたらとっくにやってるわよ!でも、この国に生まれた私達にそんな自由は無いのよ!」
その口から出てきた言葉は私の想像を裏切るものだった。
女の言葉が切っ掛けになったのか、彼女の背後に居た連中は慌てた様に飛び出してくるとそのまま彼女を引き摺って闇の中へと消えていった。
「自由は無い、か」
夜空を見上げて、彼女の言葉を反芻する。
前にも似た様な事を言われた憶えがあるけど、その時のご令嬢方と今の女ではそこに込められた意味がまるで別になる。
貴族はその血に縛られているけど、この国に生きる人は国そのものに縛られている。
では国とは何か、、、エオールで言えば間違い無く盟主ネイだ。
表向き、この国に国王に準ずる役職は存在していない。
だけど、事実として盟主という立場をネイは持っている。
それが神という存在の隠れ蓑だとしたら、そもそもとしてこの国の全てが虚構の物となる。
全ては神の為、、、ネイは邪神の封印を建前にしているけど、ならばここに生きる人々をこの地に縛り付ける意味は何なのか。
彼女の言葉、あれが勢いに任せただけのもので無い事なんて考えるまでも無い。
では、そこに込められた彼女の本当の思いは何なのか、、、
「願い、、、ううん、そんな物じゃないわね。どちらかと言うと、憧れ?自由を夢見る、そんな感じなのかな」
などと考えてみても私には分かりはしない事だ。
彼女の引き摺られていった暗闇を少しだけ見つめ、その場を後にする。
結局、何をしにここに来たのか分からないままになってしまったけど、一つ前の町も似た様なものだし、何よりも。
「今度は北の方、、、町を全部巡らせるつもり?」
またしても私へと向けられる気配。
南側の町はこれで全て。
残すは全て北上する形になり、そちらに何があるかと考えると、せいぜいオセリエとエオールの国境ぐらいだ。
果たして、私を弄んでいる奴が何者で、何を目的としているのか。
本当に全ての町を巡らせたいのか、別の目的があるのか、その正体すらもまるで分からないまま、私は次の町を目指す。
こうなれば根比べだ、向こうがその気ならこっちも休みなど挟みはしない、徹底的に追い回してやる。