29 北部血戦
平原が砂埃で覆われ、体を持っていかれそうな程の爆風が通り抜けていく。
私は前に突き出した右手に左手を添えて魔法の障壁をさらに強める。
(信じられない!コイツ、まだ全力じゃない!)
強化した体が押し込まれ、足が地面を滑り出し、ムリヤリ体を前のめりにして耐え続ける。
長いような短い時間が過ぎ、ようやく風が収まり、次第に視界が開けると、さっきまで見ていた光景が一変していた。
緑が広がる平原が、荒野の如く捲り上げられた土と岩だけに成り果てていた。
特に魔物の正面は酷い有様で、地面が抉れ、陣地の手前まで巨大な亀裂が走っていた。私の張った障壁のお陰で陣地までは及ばなかったけど、放たれた風は幾つかの天幕を吹き飛ばし、物資があちこちに散乱していた。
ここから見える限り、人的被害は無さそうだけど、全くの無傷とは言えない状況だ。
後ろで伏せていたレオーネが立ち上がる気配を感じて私は手を降ろす。ふぅ、と息を吐き出して呼吸を整えている間に騎士達が声を張り上げながら被害の確認を急いでいる。
「今のは何だったんだ、、、」
変わり果てた草原を呆然と見回しながらレオーネが険しい表情で尋ねてきた。突然の事に、さすがに混乱しているようだ。
「今のはただの咆哮よ。魔力は籠っていたけど、攻撃ではないわね。むしろ、力の使い方をまだ理解してない感じね」
「今のが攻撃ではないだと、、、だとすれば」
レオーネの言葉に私は頷きで返す。
そう、アレはまだ生まれたてなのだ。アルジェンナによって何かしらの獣か魔物が強制的に進化させられた異形中の異形。故に、まだ力の使い方を知らない。さっきのは、謂わば産声だ。私達を認識し、敵と理解し、生存本能に突き動かされただけの行動。だから、
「可能な限り早くアイツを斃さないと。力の使い方を理解したら、いよいよ手に負えなくなるわ」
もう一度、左目でアイツを睨みつける。
ふと、何かを感じて魔物の背中、山の山頂とでも言うべき位置に視線を上げると。
(、、、アルジェンナ)
そこに、確かに彼女が居た。あちらも私の視線に気付いている、真っ直ぐに私を見返していた。
その口が、微かに動いているのが見えた。
(今からが本番、というワケね)
次の瞬間には、アルジェンナの姿は掻き消えていた。その代わりに、
「レオーネ」
「あ、ああ。どうかしたか」
私は真っ直ぐ前を見つめながら、静かに告げる。
「今すぐ騎士団に戦闘準備を。魔物の大群が来るわ」
山の魔物の周囲に、大量の魔物が沸き上がっていた。
平原に集結した戦力は、王国騎士団が全11部隊中10部隊、約5000人。
魔法師団が攻撃部隊約300人、回復部隊約170人、支援部隊約530人。
魔獣討伐協会から派遣されたハンターが約200人。
直接戦力は多いけど、魔法師の数があまりに少な過ぎる。この国のお国柄のせいでもあるが、文句を言っても始まらない。ここは私がフォローするしかない。
ハンターについては、むしろよく200人近く集まってくれた。彼らは国の為に動くのではなく、人の為に動く。もちろん、そこには報酬があり、野生の獣であれば狩った獲物がそのまま報酬として得られる事もある。だから、魔物討伐は護衛や防衛以外では基本、あまり受けてはくれない。特に今回は死者が出る確率があまりに大き過ぎる。にも拘わらず、彼らはここに来てくれた。この200人は私が必ず生きて帰らせる。
迫りくる魔物の軍勢、私が把握できた限りでもおよそ10000体。その後ろには動く山。
幸い、数が多いだけでそのほとんどが大した事のない雑魚だ。それでもあの物量で押し切られる危険は高い。加えて、数十体程厄介そうな、体の大きい魔物も確認できている。どれも獣のなれの果てとは言い難い異形で、あの山の魔物と同じような生み出され方をしたのだろう。
私が確認した魔物の情報が指揮官から全隊に告げられる。この後、大至急各部隊の責任者が集結して詳細を詰める事になる。
陣地全体が慌ただしくなる中、総司令部となっている天幕に20人程が集結して最終確認をしている。
私もレオーネもその中に加わり、話を聞いていた。
前線はレオーネが出て指揮を執る。これは私がレオーネに提案し、彼がこの場で示した作戦だ。
彼が持つ聖痕は、能力強化、特に周囲の者を鼓舞し戦意を高めその能力を底上げするのに秀でている。以前の彼ではその能力を発揮できなかったけど、今なら如何なく発揮する。彼自身もそれを何となく理解しているのだろう、だから受け入れてくれた。
だけど魔法師団の動きについてはかなり意見が割れた。人数を確認した時にも思った事だけど、数が少なすぎて対応がし辛いのだ。
私はレオーネに目で意志を伝えると、騎士団の面々に視線を戻した。
「魔法師団の指揮は私がします。よろしいでしょうか?」
突然の発言に全員が私の顔を見つめる。まぁ、式典から逃げたと思ったら、実は魔王の行動を誘発するための作戦でした、なんていきなり言われても信じられないだろうし、その上部隊を丸々指揮させろと宣ってきたのだ。素直に応じられる訳がない、と思ったのだけど。
「異存ありません。聖女様の指揮下に入りましょう」
魔法師団長が迷う事無く快諾してくれた。しかし、
「だが、師団の人数でどう戦場全体を支援するのだ!?有象無象とはいえ、魔物はあの数だぞ!?」
誰かさんの声に何人かが同じ声を上げる。まぁ、それは私も感じた事だし、だからこそ名乗りを上げた訳でもあるのだけど。
「問題ありません、魔法師団の方々の魔法を聖痕の力で全域に拡げます。身体強化は随時掛け直しをする必要があるので、支援部隊は私の側に。回復部隊はある程度散会して配置を、魔力を感知したら私が強化して効果の底上げと周辺に拡散を行います。攻撃部隊は後方で待機を。彼らは山の魔物への攻撃の為の私の補助です、私の合図を待って魔力を練り上げて下さい。あれは純粋な威力で、一撃の下消し飛ばさねばなりませんので、私が直接攻撃をします。よろしいですね」
一息で説明し、最後に有無を言わせない様に少し語気を強める。
全員が呆気に取られている隙にレオーネに目配せをして、この場を解散させてもらう。
全ての人員が展開を終え、号令を待つ。
私は平原を見渡せる小高い丘の上に立ち、側に控える支援部隊の人達の頭を下げる。
「突然の事で混乱しているでしょうが、事が事です。無駄な犠牲を出さない為にもご協力をお願いします」
私の言葉に、彼らは魔力を練り上げる事で応えてくれた。ならば、私も私の出来る事をするまでだ。
「皆さんの身体強化魔法を私に!」
背後から魔力が立ち上り、私に流れ込む。数百人分の魔法が流れ込み、本来なら体が耐えられずに砕けてしまう所を、私はそれをさらに増幅させ、眼下に布陣する数千人の騎士達に向けて送り届ける。
全員が同時に身体強化を受け、どよめきが広がる。
そのどよめきを、鬨の声が切り裂く。
「全軍、突撃せよ!一匹たりとて後ろへ行かせるな!」
先頭に構えるレオーネが剣を天へと突き上げ、咆哮と共に馬を走らせる。先陣を切る騎馬部隊がそれに続いて雄叫びを上げて魔物へと突き進んでいく。
いよいよ、血戦の火蓋が切って落とされた。
なんだか国の規模とかが上手く説明出来てないですね、次章ではもう少し意識したい点です。