28 轟動
レオーネと共に東の町を発ってから1日半、昼夜を問わず、馬を乗り換えて休む事無く平原を駆け抜けた。普通なら最低でも3日は掛かるはずの行程を半分に短縮する荒業である。お陰で後方に付いて来ていたはずの騎士団は未だ影も見えない。
そして遥か前方、普段なら長閑な景色が広がるはずのそこには、既に幾つもの天幕が張られ、大量の人や馬が慌ただしく動き回っていた。時折怒号にも似た声がここまで届き、平原全体がこれまでにない緊迫感に包まれているのを肌で感じる。
「第一王子、レオーネ・フェオールだ!指揮官はどこに居る!」
私と並走するレオーネが大声で怒鳴る。その声に気付いた騎士達が一斉に奥の方を指差し、道を開けていく。
その間を駆け抜けていき、
「な、貴方は聖女様!?」「おい、あの女は!」「式典から消えたはずじゃ」
アチコチから私の姿を見て驚きの声が上がる。
(そりゃ当然でしょうね、突然消えた奴が、これまた突然レオーネと共に現れたんだからね)
今の私はもう変装魔法を掛けていない。加えて、今着ている服も当然既にあのボロボロメイド服から着替えている。と言うよりも。
「指揮官!」
「レオーネ殿下!と、その方はまさか!」
「そうだ、聖痕の聖女だ!見事に役目を果たし、魔王に揺さぶりを掛けてくれた!」
「な、それでは式典での出来事は!?」
「後で話す!今はそれよりも魔物の方だ!」
馬から飛び降りた私達は指揮官に付いて指令室になっている天幕に飛び込む。そこで魔物の位置や状況、こちらの戦力などの説明を受けているのだけど、周りの目が私に集まっているのをひしひしと感じる。
レオーネと私は道すがら、王都より駆け付けた使いの人達から装備を受け取った。
今、レオーネは全身を鎧で武装し、さらには国王より許可が下りたとの事で王家の宝剣、フェイオノールも腰に下げている。
そして私は、聖痕の式典の時に来ていた法衣を身に纏っている。私が指定し、持ってきてもらったのだ。
事は東の町で報告を受けた時。
レオーネ達に付いていた幾らの護衛の騎士達が慌ただしく出立の準備を進める。
そんな中、私達は魔導馬車の中で今後を話し合っていた。
「俺は先行して平原に向かう。既に騎士団が動いて前線を築いてるらしい」
レオーネも何度となく馬車から外に居る近衛に指示を出して準備を進めている。正直、ミレイユから離れて欲しくは無いけど、事が事だけにコイツが出張らないワケにはいかない。なら仕方ない。
「アイン」
「何でしょうか」
隣に座るアインの声音に、私が今から何を言うのかを察しているのを感じ取り頷いて見せる。
「アンタはミレイユを守りなさい。王都には近づかないで、出来れば北の前線とやらに合流して。馬車で来れなければ、何かしら手を打って。多分北は陽動よ。こちらが動けばアルジェンナも動くはず」
「承知しました、部下達は既に配置に。必ずや御嬢様はお守りいたします。ですが」
アインが私に意味有り気な視線を送る。それに対して頷きだけで返事をし、
「レオーネ」
「あ、ああ。どうした」
「私もアンタと行く。アルジェンナの策を利用させてもらうわ」
困惑するレオーネにニヤっと悪い笑みを浮かべて、
「予言が正しかった事にしてやるわ」
「それはどういう、、、」
「装備を持ってこさせるのでしょ?なら、私が式典で着た法衣も持って来させて。私が逃げたのは魔王の動きを誘発させる為の策だったと喧伝しなさい。私達が揃って前線に行けば少しはうるさい連中も黙るでしょ」
私の言葉にレオーネが目を瞠り、でもすぐに頭を下げる。
「すまない、感謝する」
「まだ早いわよ、全てはその魔物を倒してからよ。これはまだ前哨戦なんだから」
力強く頷いたレオーネが再び指示を飛ばす。私はそれを横目にミレイユに向き直る。
「ミレイユさん、少しだけ離れるけど」
「はい、こちらの事はご心配なく。アインも居ますし、アブリルも準備が整い次第こちらに来てくれます」
「アブリルもメイドではありますが、当然護衛としての訓練は積んでいます。多少の荒事ならば問題御座いません」
ミレイユの言葉にアインが続く。とりあえずこっちは一安心だろう。
そうして準備が整い、私とレオーネ、護衛で残っていた近衛と騎士団がそれぞれ馬に飛び乗る。
馬車から降りたミレイユとアイン、それにアブリルが私達を見送る。姿は見えないけど、あちこちから気配を感じるから、アインの言う通り護衛は十分なようだ。
「では出立する!俺とリターニアは途中で馬を乗り換えて先行する、お前達は可能な限り迅速に追いついてこい!」
レオーネの言葉に返事が轟き、それを合図に一斉に馬が駆け出す。
半日程走った辺りで正面から2匹の馬がこちらに向かって来て、レオーネが私に目で合図を送る。
どうやら魔導具で連絡を取ったようで、彼らが装備やらを大急ぎで運んでくれたようだ。
レオーネが鎧を着込む間に、私も結局ここまで着たままのボロボロのメイド服を脱ぎ捨てる。持ってきてもらった法衣に着替えて、ついでに色々と見栄えの良い装飾品を首や腕、足、そして最後に靴も履き替える。これも私が指示して持って来させた物で、不愉快ではあるが私が聖女である事を一目で分かる様にする為の飾りだ。
レオーネも手早く準備を整えて馬に飛び乗って私を待っていた。
ちなみにではあるけど、私もそれに続こうとした所で、一つ問題が発覚する。この法衣、上下一体のいわゆるワンピース型なのだが、スカート部分が足首までの長さがあり、馬に跨がれないのだ。2人乗りや横乗りも一瞬考えたけど、速さが必要な今はそれではダメ。私は近くの騎士にナイフを借りると、スカート部の両サイドを太ももの半ばくらいから縦に切り裂く。
幸い、履き替えた靴は膝辺りまであるブーツだ。太ももは多少見えるけど、恥じらう事も無い。私は馬に飛び乗りレオーネに頷いてみせる。
一瞬だけ彼が目を見開いて顔を赤くしたけど、何度か頭を振るとすぐさま走り出し、、、なんて事もありつつ。
細かな説明や作戦をレオーネに任せた私は、騎士の案内で見晴らしの良い場所に連れてきてもらった。
遥か先にそびえる断絶山脈、その手前に、一つの山がある。そして、一定の間隔でここまで響く揺れを衝撃音。
まさしく、山が動いている。
「これまでの巡回では何も無かったと報告がありました。それが数日前、突然爆発音が響き、確認に行った兵士が近付いて確認してる最中に、あれに喰われたとの事です」
騎士からの説明を受けながら、私は左目に魔力を通して遥か先を見つめる。
まず驚いたのは奴との距離。少なくとも馬で1日は掛かる程離れていたのだ。それでいて視界に広がるあの巨体、恐らく一番高い部分は王城とほぼ同じなのではないかと思ってしまう。
次に気付いたのがその足の速さ。あれだけの巨体にも拘らず、その進行速度は馬車と同等くらい。足が短いせいで傍から見れば遅く感じるけど、近くで見れば恐らく想像以上に速く感じるだろう。
最後に、左目で見えたアイツの魔力。あれだけの巨体にも拘らず、その魔力はほぼ中心、核となる部分にだけ集中している。切り崩すのは難しくないけど、核を砕くにはかなり骨が折れそうだ。
「リターニア!」
後ろからレオーネが駆け寄ってきた。数人の護衛が続き、何人かは相変わらず私を見て目を瞠っていた。
「俺達と共に出た連中は間もなく合流する。それと、ミレイユ達も明日の夕方までには後方の陣に着くそうだ」
「そう、これで一安心ね」
頷いて返事をすると、私はもう一度魔物の観察に戻り、
「ん?」
魔物が、動きを止めていた。さらに視界を魔物に近付けると、頭があるであろう辺りに、何か、動きが、、、
右手に魔力を集めて喉に添える。
「全員、耳を塞いでその場に伏せなさい!」
魔力で拡大させた声で草原に居る者達に怒鳴る。一瞬硬直した彼らが迷わずその場に伏せ、レオーネ達も同じく伏せる。
私は右手にもう一度魔力を集めてそのまま前に突き出す。目に見えない膜を生み出し、直後。
ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
遥か彼方から、爆音が轟き、烈風が草原を捲り上げていった。
違いを出すべく魔物の設定を捻ったんですが、なかなか大変な事になりまして(笑)