277 神が護るもの
何処かスッキリしないまま朝を迎える。
昨日、盟主ネイは私の様子を見て一旦話を切り上げ、離れを案内してくれた。
流石に一緒に寝たりはしなかったけど、隣の部屋で休むという事で何とも落ち着かない一夜となったのだ。
いや、気が休まらなかったのはそれだけでは無い。
昨日の話もまた、私に大きな影響を齎している。
昔の私が聞いたら下らないと一蹴するような内容だけど、それを証明する存在が目の前に現れたのだ。
そして、その存在は何をしているのかと言うと、、、
盟主の側付きの女に案内されたのは建物の奥。
そこにある一室で、盟主ネイと2人きりで向かい合って座る。
状況としては昨日とほぼ同じだけど、室内を満たす緊張感はかなりのものだ。
事実、ここに来てから彼女は言葉を発さず、ただ静かに目を閉じているまま。
出されたお茶に手を付けるのと何だか憚られ、どうしたものかと待っていると。
「むぅ、、、いや、済まぬのう。どうしたものかと悩んでいたのじゃが、、、」
そう呟いてまた考え込んでしまう。
ただ、その様子から彼女が何かしら重大な事を話そうとしているのは理解出来た。
お茶を飲み干し、おかわりをしようか考え始めた頃、ようやく盟主ネイは深い思考から浮かび上がった。
「待たせたの、ようやく考えが纏まった」
「考え、と言うと?」
「その前に、まずは先に伝えねばならぬ事がある。彼方の妾にも其方について伝えた。当分は彼方から手出しは無いと思うて良い」
突然の話に私は目を丸くする。
そんな私の顔を見て、盟主ネイはようやく笑みを浮かべた。
「驚く事ではなかろう。アレと妾は同一の存在。意識を傾ければ繋がる事は容易い。まぁ、それもここ最近は彼方が拒む事もあるがな。いや、それよりもじゃ」
盟主ネイは立ち上がると、側付きに何か指示を出す。
それ受けた側付きが他の連中も伴って部屋から出て行く。
「少し遠出するでな、馬車を用意させる」
「遠出、ですか?」
いきなりの話に戸惑う私の手を取り、彼女は告げる。
「今より向かうは世界の果て、そこを見渡せる場所じゃ。そこで、幾つか話をするとしよう」
微かな揺れも感じない馬車の中で、私は窓の外を眺めながら考える。
世界の果て。
それはこの世界の謎の一つとしてよく語られる。
ウルギス帝国の皇帝、ゼイオスが若かりし頃に西の果てを探索し、何も得られなかったという話はまだ記憶に新しいけど、それ以外の方角も未だ謎に包まれている。
特に、世界で初めて果てを求めて南へ旅立った人物も、後に続いた者達もそちらについて誰一人答えを得られず、北はそもそも荒れ狂う海を越える事が出来ず。
そして、東。
かつて、東の果ても多くの人が真実を求めて旅立ち、だけどその殆どが戻る事は無かった。
やがて、オセリエの皇王は探索を禁じ、暫くはその目を掻い潜ってでも旅立つ者も居たけど、それも徐々に減っていった。
それに合わせる様に、他の方角の探索も縮小していき、今では世界の果てを追い求めるのは愚か者のする事とまで言われる様になっている。
その果てを一望出来る場所に向かう、それに一体どんな意味があるのだろうか。
わざわざ私を伴い、そこへ向かうという事は、少なからず私にも関係があるのだろう。
だけど、世界の果てと私にどんな繋がりがあるのだろうか。
正直、私は世界の果てになんか一度も興味を持った事は無いし、知った所で何の感想も浮かばないだろう。
だけど、、、そう、今こうして思い返してみると、ゼイオスがこの話をした時に一瞬意識が途切れた時があった気がする。
ほんの僅かだったから、今の今まで気のせいだと思っていたけど、もしもあれが邪神の干渉で世界の果ての話に反応していたのだとしたら。
数日掛けて幾つかの町を経由して、遂にその場所へと辿り着いた。
東の大陸の南東辺り、切り立った崖の上から海だけが望める場所で、私と盟主ネイはその景色を見つめている。
空は点々と雲があるけど日差しは暖かく、肌を撫でる風も心地良い。
だけど、何処か心は落ち着かない。
隣に居る盟主ネイも、その顔に僅かながらな緊張の色を浮かべていた。
波の音だけが響く中、彼女は口を開いた。
「、、、世界の真実の一端を明かそうかの」
それは邪神による神々への叛乱が終結した暫く後。
この世界に唯一残ったネイは人との関わりを断ち、その繁栄を陰から見守っていたという。
「その地がこの海の先にある。人の力では辿り着く事の出来ぬ最果ての孤島。陸など無論の事、海からも、空からも至る事の出来ぬ場所。数千年の後、人々はそこに世界の全てがあると考え、あらゆる手段を以って道を求めた」
ゆっくりと、盟主ネイがこちらへと向き直り、その右手を私の胸へとそっと触れさせた。
何事かと身構えようとして、だけど彼女の顔を見て私は成すがまま受け入れた。
ふと、一瞬だけ笑みを浮かべた彼女が、その右手を横へと動かし、海の果てを指差した。
「更なる時が流れ、人々はその存在をも忘れ去った。故に、彼の地にある真実を知るのは妾のみ。そして、彼方に眠るそここそ、我が兄弟姉妹が来る時に備えし約束の地、、、聖痕遺跡である」